チベット紀行 -氷河現象からみたトランス・ヒマラヤからグレート・ヒマラヤの自然-1
1.はじめに
ついにトランス・ヒマラヤからグレート・ヒマラヤを旅行できるチャンスがめぐってきた。中国科学院は,1980年5月25日~6月1日に北京で青蔵高原科学討論会「Symposium on Qinghai-Xizang(Tibet)Plateau」を開催し,6月2日~6月14日にチベット高原南部のエクスカーションを企画した(図1)。青蔵高原とは,青海からチベット(西蔵)にかけての,いわゆる内陸アジア高山地域の一部を示している。
私は,1965年以来8回のネパール・ヒマラヤの氷河・地質調査に参加し,通算5年におよぶ期間,土地の人々が神々の座とあおぐグレート・ヒマラヤを南側から眺めてきた。私にとって未知であるグレート・ヒマラヤ北側に住むチベットの人たちが,モルゲン・ロートやアーベント・ロートに染まる峰々を蓮の花弁になぞらえるというチベット高原への思いはつのるばかりであった。
内陸アジアの探検家・スウェン・ヘディンは,チベット高原を調査し,ツアンポー河の北に東西に連らなる山脈をトランス・ヒマラヤと命名した。内陸アジアの地形的雪線の最高地点はグレート・ヒマラヤにではなく,トランス・ヒマラヤに位置しているように,内陸アジアの気候条件におよぼすトランス・ヒマラヤの地形条件の重要性をすでにヘディンは指摘していたのである。また,世界最高峰のチョモランマ(8850m,別名サガルマータ,エベレスト)はガンジス川の流域内にあるのに対して,トランス・ヒマラヤのカイラス峰は高さこそ6714mにすぎないが,ヒマラヤの大河であるインダス河とガンジス河上流のツァンポー両河川の分水嶺地域に位置し(図1),あたかもヒマラヤ地域の中央に鎮座しているかのようだ。聖なるマナサロワール湖をいだくカイラス峰は,ラマ教とヒンズー教それぞれの聖山にふさわしい。いずれにしても,チベット高原の南部を東西に約2500km以上続く,ヒマラヤの名を冠したこれらの二つの大山脈は,地質・地形学的にも気候学的にも重要である。これら両ヒマラヤ山脈の上昇につれて変化してきた氷河などのさまざまな自然の歴史に思いをはせる者にとっては,大いなる未知の魅力を秘めた地域であるので,これらの地域を是非とも見ておきたかった。
幸いなことに,これまでにグレート・ヒマラヤなどの内陸アジアの多くの研究者がこの会議に集まった。そのうちの何人かとは,ネパール語が通じるほどであった。5月31日に人民大会堂で催された夕食会の席に並んだ中国副主席で実力者の鄧小平さんと,地質学者のA.ガンサーさんとA.デジィオさんの各氏はともに小柄な方々である(写真1)が,あたかもヒマラヤのジァイアンツをみる思いがした。
内陸アジアの探検家・スウェン・ヘディンは,チベット高原を調査し,ツアンポー河の北に東西に連らなる山脈をトランス・ヒマラヤと命名した。内陸アジアの地形的雪線の最高地点はグレート・ヒマラヤにではなく,トランス・ヒマラヤに位置しているように,内陸アジアの気候条件におよぼすトランス・ヒマラヤの地形条件の重要性をすでにヘディンは指摘していたのである。また,世界最高峰のチョモランマ(8850m,別名サガルマータ,エベレスト)はガンジス川の流域内にあるのに対して,トランス・ヒマラヤのカイラス峰は高さこそ6714mにすぎないが,ヒマラヤの大河であるインダス河とガンジス河上流のツァンポー両河川の分水嶺地域に位置し(図1),あたかもヒマラヤ地域の中央に鎮座しているかのようだ。聖なるマナサロワール湖をいだくカイラス峰は,ラマ教とヒンズー教それぞれの聖山にふさわしい。いずれにしても,チベット高原の南部を東西に約2500km以上続く,ヒマラヤの名を冠したこれらの二つの大山脈は,地質・地形学的にも気候学的にも重要である。これら両ヒマラヤ山脈の上昇につれて変化してきた氷河などのさまざまな自然の歴史に思いをはせる者にとっては,大いなる未知の魅力を秘めた地域であるので,これらの地域を是非とも見ておきたかった。
幸いなことに,これまでにグレート・ヒマラヤなどの内陸アジアの多くの研究者がこの会議に集まった。そのうちの何人かとは,ネパール語が通じるほどであった。5月31日に人民大会堂で催された夕食会の席に並んだ中国副主席で実力者の鄧小平さんと,地質学者のA.ガンサーさんとA.デジィオさんの各氏はともに小柄な方々である(写真1)が,あたかもヒマラヤのジァイアンツをみる思いがした。