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3.2013年秋調査旅行余話(2)

今回は前便の「2013秋調査旅行余話」に引き続き、その(2)をお送りします。前便につきましては若干訂正し、ブログ<http://hyougaosasoi.blogspot.jp/>に載せてありますので、あわせてご覧ください。

1.トイレ・ゴミ箱・簡易洗浄器

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写真27 4年前に見た竹籠を利用したゴミ箱。

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写真28 ペットボトルのゴミが多い。
4年前には竹籠を利用したゴミ箱がおいてありました(写真27、28)が、今回は本格的なゴミ箱やトイレが休み場などに設置してあり(写真29~32)、環境保全教育がすすんでいるのを感じました。ただ、ロッジのトイレには西洋式(写真33)とネパール(日本)式(写真34)があるのですが、西洋式は汚れやすいのにくわえて、座り蓋のないものがあるため、西洋人もネパール式を好んで使っているようでした。どちらの場合も、使用後のトイレット・ペーパーは便器に流さず、備え付けの箱に入れた後、焼却処分しています。
ところが、日本では現在一般的になった洗浄式トイレはネパールでは望めないので、次のような工夫をしています。それは、日曜大工の店などで売っている「ポリ洗浄ビン(250cc;348円)」を利用した簡易洗浄器です。さてその使い方ですが、簡単です。通常「ポリ洗浄ビン」は立てて使うために、中に管が設置してあります(写真35)が、これをさかさまにして使うため、中の管をはずします(写真36)。洗浄水はお湯と水を適当に混ぜて好みの温度にしておきます。そして、逆さにしたビンをもって、手で圧力を加えて洗浄水を放出するのですが、何回か試してみると、洗浄式トイレと同じようにきれいにできるようになります。そうすると、後は水をふきとるだけ。こうしますと、トイレット・ペーパーの節約になりますし、下着が汚れないので、今回の20日ほどの現地調査でも、下着を変える必要を感じなかったほどでした。ヒマラヤは乾燥していることにくわえて、寒いので、汗をかいた下着もあまり気になりませんが、簡易洗浄器が清潔さを保ってくれたことを実感しました。また、日本でさえ洗浄式トイレがないところがありますので、ネパールなどに限らず、この簡易洗浄器は日本でも、旅行の必需品になっていますが、西洋式のトイレより、ネパール式に近い日本式の方が、簡易洗浄器の機能がより発揮できますので、みなさまも試して実感してください。ただ、下記の参考資料で報告しましたように、現地の人のように体がなじめば、その必要はないと思うのですが、今回の寒さ厳しい旅ではそこまではいきませんでしたので、簡易洗浄器さまさまでした。

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写真35 日曜大工の店などで売っているポリ洗浄ビン。

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写真36 中の管をはずし、逆さにして使う簡易洗浄器。
参考資料
http://glacierworld.weebly.com/3201224180311791249312497125401252335519266192257721578.html
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2012/11/2012.html

2.ギャジョ水道とナムチェバザールの植林地

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写真37 ギャジョ谷の第1の滝からの水道施設。

クンデ・クムジュン各村やナムチェ・バザールへの水道源としてギャジョ谷の第1の滝からの水道施設が建設されています(写真37)。ただ、この中央下の直線的な工事跡として見える水道が写真右上のクンビーラ峰からの沢沿いの雪崩コースになっているため、雪が降ると、せっかくの水道施設も破壊されてしまうでしょう。水のとぼしいクムジュン村や、現在は湧水のあるナムチェバザールも(前の報告のように;参考文献)トイレなどによる水質汚染問題をかかえていますので、安全な水道水源が必要ですが、ギャジョ氷河自体が縮小し続けていますので、将来はギャジ谷の水が枯れてしまうことも考慮しておいたほうがよいでしょう。

ハクパ・ギャルブさんから送られてきたギャジョ水道工事の写真を下記に掲示します。


Lhakpa Ji,

Thank you very much for sending me impressive photos of the Gyajo Water Project.
I do hope that no avalanches distroy those water pipes on the slope of Mt. Khumbuila.
“Good Luck” to you from Fushimi in snowy Japan.

(ナムチェバザールの植林地)
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写真38 ナムチェ・バザールのマツなどの植林地。

ナムチェ・バザールの上部にはマツなどの植林地が整備されています(写真38)。2009年に見た時は一部分マツ枯れが起こっていましたので心配でしたが、今回見るとマツ枯れからは回復し、植林地のマツやモミ、ビャクシンなどが大きく育っていました。ただ、それぞれの木の間隔が狭く、混みいっているのでいので、間引きなどの対応が必要になるのではないでしょうか。健康な林を育てることは、安全な水源にもなるとともに、環境教育にとっても大切だと感じました。

参考文献
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/08/imja-glacial-lake.html
http://glacierworld.weebly.com/4imja-glacier-lake.html

3. ジャガイモ用地下冷蔵庫

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Picture写真39 チュクンの地下1mほどまで掘られたジャガイモ保存の地下冷蔵庫。

ジャガイモを地下で保存しているのをチュクン(4736m;写真39)やマッチェルモ(4390m)で見ることができました(写真39)。マッチェルモの高度は10月中旬の大雪の下限に当たるので、今回雪が分布していた4400m以上の地点では地温が低く、地下がモンゴルなどの凍土地帯と同様に冷蔵庫の役割をはたしているのでしょう。2001年に地下1mまでの地温構造を測った結果(写真40)を見ると、1970年代に分布していたゴラクシェップの凍土層はなくなり、カラパタールの高度5500m地点の地下1mの地温はプラス4度Cで、地温勾配から永久凍土は存在しないと解釈できました。4度C前後の地温は冷蔵庫なみですので、ジャガイモなどの野菜の保存にとっては適当な環境になっています。

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写真40 クンブ地域の地温構造(2001年測定結果)。

4. 1970年代からお世話になっている懐かしの人々と再会

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写真41 プー・サムジさん。

1)プー・サムジさん(写真41)。豪快な女将のような性格で、チュクンのロッジは息子二人(兄のロブサンはカングリ・リゾート、弟のザンブーはアマダブラム・ビュー・ロッジ)に譲って、ご主人のテンバさんとともにツューラで豊かな暮らしをしています。

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写真42 アン・プラムさん。

2)アン・プラムさん(写真42)。今回の報告でお知らせしたイムジャ氷河湖の縮小化や外国人の観測施設いついて教えていただきました。奥さんの ダワ・ドマさんとともにディンボチェでアマダブラム・ロッジを経営しています。

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Picture写真43 アン・ドルジさん(右)と奥さんのアン・タシさん(左)。

3)アン・ドルジさん(写真43右)。大きなオーブンで、本格的なお菓子をパン職人を雇って焼き、奥さんのアン・タシさんともども、キャンジュマでアマダブラム・ロッジを経営しています。出稼ぎに行っていた長男がニューヨークで亡くなったとのことで、次男のカルマ・オンディーさんが家業を継ぐために修行中です

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写真44 ハクパ・ヌルさん(写真中央)。

4)ハクパ・ヌルさん(写真44)。今回の踏査期間中、ゴキョウとルクラとの2回、ポーターとして忙しく働いていた彼に会いました。彼は、ロッジを所有して裕福な暮らしをしている人たちとは異なり、苦しい生活をしていることがうかがえました。シェルパの社会にも、格差があらわれています。クンデ村を去る日には、ポーターの仕事中にもかかわらず、彼はナムチェ・バザールから駆けつけてくれて、シェルパ流の別れの布地(カタ)を肩にかけてくれました。なお、写真の左は今回のガイドのアン・ダワさん、右はポーターのローシャン・クルングさんです。

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写真45 カミン・ツェリンさん(左)とフル・テンバさん(右)。

5)カミン・ツェリンさん(写真45左)。2009年のギャジョ氷河調査時にガイドをしてもらいました。彼は、ネパール人に多い、外国への出稼ぎとしてノルウェイの道路工事にも従事してきたそうです。なお、シェルパの人たちにとっての聖山クンビーラを背景にした写真45の右は、フル・テンバさんで、1970年のギャジョ氷河調査を一緒にしてくれた人です。彼は2013年7月に亡くなりましたが、この写真を撮った2009年には、死期を悟ったシェルパの人が良く行うように、チョルテンとよばれるクンデ村の仏塔の周りを朝から夕方までお百度参りしていましたので、おそらく少なくとも4年以上そうした生活を行っていたのかもしれません。今回行ったときには、クンデ村のウルケン・ドマさんがフル・テンバさんと同じようにお百度参りをしていました。

5. クンブの物価高

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Picture写真46 ゴラクシェップのロッジのメニュー。

今回の踏査ルートで一番物価が高かったのは、エベレスト・ベース・キャンプに近いゴラクシェップのロッジでした(写真46)。すべての物資が人かヘリコプターで運ばなくてはなりませんので、運賃がかかってしまうからです。たとえばルクラ周辺なら、無料のお湯も60ルピー(1ルピーはほぼ1円です)、30ルピーのミルク・ティーが130ルピーといったように、高いところへ行くほど、ルクラの4から5倍かかってしまいます。クンブ地域はエベレストを見に来るたくさんの観光客が現金を落としますので、一種のインフレ状態で、ネパールの中でも一番物価の高いところになっています。今回雇ったポーターの日当1000ルピー、ガイドは1500ルピーで、食事は別に払いましたので、日当に600ルピーほど加えなくてはなりませんでした。その他クンブ地域にはいるためには、旅行関連会社(TIMES)の承諾書(20ドル)および国立公園の入山許可証〈3000ルピー〉がかかります。

6. アン・テンバさんの写真とKTM空港の反転広告紹介

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写真47 アン・テンバさんの写真(2013年10月15日撮影)。

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写真48 アン・テンバさんの写真(2013年10月16日撮影)。
アン・テンパさんはハクパ・ギャルブさんの義理の兄にあたり、ハクパさんの奥さんのお姉さんのご主人です。10月中旬の大雪はインドを襲ったサイクロンの影響ですが、当時パンボチェ村にいたアン・テンパさんは10月15日にアマダブラムの麓方面の写真をとっています(写真47)。1977年のミンボーGLOFで浸食された谷地形の上部を大雪の雪線が分布しています。翌日は快晴で、ディンボチェ周辺からエベレスト山塊までが新雪に覆われているのが分かります(写真48;参考文献)。雪線高度は4300m付近です。

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カトマンズ空港の荷物受け取り台でネパールの携帯電話会社の広告(写真49上)を見てびっくりしました。気づかない人が多いのかもしれませんが、ぼくにはすぐにピンときました。写真が反転しているのです(写真49下)。世界最高峰のエベレストとローツェ・ヌプツェ両峰の、世界でも有名な写真なのです。これはネパール人らしい大らかさかもしれませんが、なにせ世界1の山ですから、どなたか気づいている人がいるのかもしれません。

参考文献
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/10/20131021.html
http://glacierworld.weebly.com/7124631253112502223202249520132418010263762126085.html

7. 霜の写真(ロッジと飛行機の窓)

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写真50 ロッジの窓ガラスに発達する霜を通して見たヒマラヤ。

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写真51 飛行機の窓ガラスにできた大きさ数cmの霜。
クンブ地域の高度4400m以上のロッジの部屋は冷蔵庫の中にいるような感じで、窓ガラスには霜が発達していました。写真50の上はゴラクシェップ(5167m)、下はマチェルモ(4390m)のロッジの窓の霜を通して見たチャンツェとクンブツェ両峰(上)、ギャジョリ峰(下)「です。
また、クアランプールから関空にAirAsia便で帰る際、1万m付近を飛行中に大きさ数cmの針状結晶が集合した霜が窓に形成さていました(写真51)。

8. エアー・アジア KCC 空港

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写真52 AirAsiaのLCCターミナルで待つ乗客。

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写真53 AirAsia(左)と関空飛行場(右)の出発便時刻表。
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写真54 飛行機まで手荷物を持っていくAirAsiaLCCターミナル。

「The world’s only, as well as the largest purpose built terminal for low cost travel in the world, 45 million passengers per annual.」と銘うったAirAsia会社なので、なるほど年間4500万人を運ぶAirAsiaの中心であるとうなずけるクアランプールの国際飛行場に隣接したAirAsiaのLCC(Low Cost Carrier)ターミナルの規模の大きさにはびっくりしました。乗客はいたるところで寝ころんで飛行機待ちをしています(写真52)。AirAsiaの時刻表と関西空港のを比較すると(写真53)、その差は歴然としています。AirAsiaは1時間当たり20便もありますが、関西空港では1時間に5~6便にすぎません。第1印象は、日本の大きな駅の感じです。LCCですので、乗客は手荷物をもって飛行機まで歩いていかなければなりません(写真54)。

9. ヤクの糞を使った暖房用ストーブとまだ残っていた「サーブ」の表現

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写真55 ヤクの糞を利用したストーブ。

森林限界以下のパンボチェ村(3915m)までのロッジでは、ストーブの燃料としては薪を使っていますが、それより標高の高い地域では、チベットなどと同様にヤクの糞を利用しています(写真55)。ヤクの糞は臭いもなく、薪とは違って静かに燃えるので、夕食のあとは、地元でヤク・コ・ゴパールとよばれるヤクの糞であたたくなったストーブを囲んで話に花が咲きます。従来は外人に対しては遠慮しがちだった地元の人たちもストーブの周りの良い席を早い者勝ちに占めるようになった光景には好ましく思うと同時に、外人とのわけ隔てのない意識に変わっている姿に感心もしました。かつての1970年前後に一般的に見られた差別意識を克服しているように思えたからです。「サーブ(ご主人)」と呼びかけるイギリスの植民地時代以来の表現は1970年代には使われていましたが、現在ではほとんど使わていない化石的な表現を、今回はただ一度だけ聞きました。それは、昼飯のランチを頼んだ後、「サーブ、用意ができました」と言ってきたからです。長年使ってきた年寄りならいざ知らず、彼は20代のの若者だったので、余計に意外に感じたものでした。自分を逆差別する「サーブ」という表現は現在でも不滅ではないようです。

10. ダワさん話と嘉田さんの夢

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写真56 U字谷のクンブ地域をめぐりドゥドゥ・コシ(川)の谷はインド方面へ向かう。

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写真57 クンデ村のアン・ダヌーさんと温室で実るトマトなど。

ゴキョウの夜のことでした。立山の山小屋で修業したことがあるロッジの主、ダワ・ツェリンさんが暗い電灯のもとでヤクの糞を燃やしたストーブ(写真55)を囲みながら、奥さんや子供たちに「(イムジャ氷河湖からくる)イムジャ・コーラ〈川〉と(チベットへの交渉路であるナンパ峠からくる)ボテ・コシ(川)が合流してドゥドゥ・コシになり、ドゥドゥ・コシはスン・コシとなってインドへ行くので、われわれはその一番上流にいる」と話しているのを聞いて眠りについたからでしょうか、夢のなかで、嘉田滋賀県知事が登場し、カルチェラタンの「民衆の歌」(Do you hear the people sing? Singing a song of angry men? It is the music of a people Who will not be slaves again! When the beating of your heart Echoes the beating of the drums There is a life about to start When tomorrow comes!)がながれたあと、地域主権と住民自治の必要性を主張する映像が現れたのです。今回の踏査では、かなりしんどかったので、夢などは見ても覚えていないことが多かったのですが、いくつもの川を集めて琵琶湖となり、瀬田川は淀川になって大阪湾へとそそぐ流域の一番上流である琵琶湖集水域の環境問題の解決にむけて仕事をしている嘉田さんやわれわれの意識が、ダワ・ツェリンさんのインドへ流れる流域の一番上流にいるという見方と重なりあい、琵琶湖研究所で一緒に仕事をしてきた嘉田さんが夢に登場したのかもしれません。

シャンボチェの丘付近からドゥドゥ・コシ流域の下流を見る(写真56)と、10月中旬の雪を残した氷食地形のU字谷のはるか南方の靄のかなたに温かいインド大地が広がっているのを感じることができますので、この夢は、「サーブ」という昔ながらの差別意識を残しながらも平等観が台頭する新しいシェルパの人たちの社会の課題やヒマラヤの環境問題の解決にヒントをあたえてくれたような気がするとともに、ゴキョウのロッジも窓に霜がびっしりとつく冷蔵庫の中にいるようで寒かったのですが、ダワ・ツェリンさんや嘉田さんの言葉のなかに、お互いの心のつながりを大切にする視点があるので、私の心だけは温めてくれたように思います。

翌朝、ゴキョ-の湖のためのラマ教のお祈り「ルンブン・プザ」に参加するというダワ・ツェリンさんに別れを告げて、いまだに大雪の残る4759mのゴキョ-を後にし、ジャガイモ畑が広がり、アン・ダヌーさんの温室にはトマトなどが実る(写真57)温かい3864mのクンデ村をめざしました。

PS
「2013年秋ネパール調査 番外編 メコンのほとりにて」につづき、下記のようなラオスの「2013年ヒマラヤ調査番外編余話2」もお届けする予定です。

田舎?の首都ビエンチャン風情、牧歌的なルアン・プラバン世界遺産都市、軍事革命讃歌の国立博物館、空港事情、食べ物・飲み物などのラオス生活様式。