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2016年ネパール通信10 お世話になった方々(追加)とヒマラヤ博物館構想の進展

 ネパールを離れる6月2日の前日、6月1日にはネパール復興局Under Secretaryの  Bhishma Kumar Bhusal博士とトリブバン大学のVishunu Dangol教授、6月2日にはやはりトリブバン大学教授でネパール復興局でも仕事をされているTara Nili Bhattarai教授、およびカトマンズ在住の建築家の金子佳史さんとヒマラヤ地震博物館構想について相談しましたので、お世話になった方々の追加とともにヒマラヤ博物館構想のその後の進展について報告します。

ビシュマ・ブッサル(Bhishma Kumar Bhusal)さん

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写真21  ビシュマ・ブッサルさん

彼はネパールの復興局のセクレタリーで、JICAとの共催で4月25日に行われたネパール地震1周年ワークショップのネパール側代表です。佐久間潤JICA所長が彼への紹介の労を取ってくださり、6月1日は復興局の事務所の休みにかかわらず会っていただきました。彼はヒマラヤ地震博物館構想に興味を示してくれ、関係部局と打ち合わせをするための計画書を早急に作るように言われました。また、破壊されたランドマークのビムセン・タワーを保存し、その近くにヒマラヤ地震博物館を作ることにも賛成していただきました。彼は横浜国立大学で経済学の博士号を取っているので、私の出身地横浜の話を、ときどき日本語を交えての和やかな会談になりました。彼が勤めるネパール復興局はシンガダルバール(*)と呼ばれるネパールの官庁街にあります。1973年に学生による氷河調査隊の許可を取った時にはシンガダルバールの正門から入り、外務省に日参したことがあります。ところが今は、正門からはVIP以外は入れないので、彼の事務所への行き方について、南門での厳しチェックと、その記帳の仕方などを丁寧に電話で説明してくれるほど厳重とのことでした。ところが、どうした訳か結局記帳などなく直接彼の事務所に着きましたところ、彼は驚いて、アメリカの報道陣が来た時は中に入れず、彼が門の外まで出て、取材に応じたこともあるほど、警備は厳重のはずなのだが、と言っていました。1973年の交渉経験が、「昔取った杵柄」で役に立ったのか、ネパールのテロ問題などの社会不安のリスクが少なくなって、警備が厳しくなくなったのかも、しれません。
(*)(*)2013秋調査旅行余話(1) ハージュン観測基地
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html

ビシュヌー・ダンゴル(Vishunu Dangol)さんとタラ・バッタライ(Tara Nili Bhattarai)さん

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写真22  ビシュヌー・ダンゴルさんとタラ・バッタライさん

ビシュヌー・ダンゴルさん(写真右上)は去年の第7回ネパール地質会議のコンビーナーで、参加登録料を半額にしてくれたなどいろいろと便宜を図っていただきました*が、今は1年間のサバティカル(長期休暇)で大学には行かずに充電中だそうです。彼も、ヒマラヤ博物館構想については賛同してくれ、国際山岳博物館は30年かかったのだから、地震博物館は緊急性があるので、3年でできたら良いのだが、と言っていただくとともに、ネパール復興局でも仕事をしている地質関係のタラ・バッタライさんを紹介していただきました。
タラ・バッタライさんはトリブバン大学のトリ・チャンドラ・キャンパスにある地質学科の教授で、復興局では、首相と一緒の会議メンバーで、首相に直接会って、「ヒマラヤ地震博物館」構想を説明する機会を作ってくださると言ってくれました。また、彼は九州大学で博士号を取っています。カトマンズ大学でお世話になっているリジャン・カヤスタさんは名古屋大学で博士号を取っていますので、かなりたくさんの方が日本留学の経験があるようです。リジャン・カヤスタさんはネパールの日本留学生の会長をされていて、「ヒマラヤ地震博物館」構想を日本留学生会に働きかけて支援するようにする、という頼もしい発言もしていただいています。
*2015年ネパール春調査(5)
カトマンズ大学にて(2)
1)ネパール地質学会
http://hyougaosasoi.blogspot.my/2015/04/blog-post_17.html
2015年ネパール春調査(14)
お世話になった方々
ダンゴル教授
http://hyougaosasoi.blogspot.my/2015/06/blog-post_8.html

金子佳史さん

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Picture写真 23 金子佳史さん

以上のように、「ヒマラヤ地震博物館」構想はまだ」発想段階ですが、少しずつ動き出した感じがします。ビシュマ・ブッサルさんから言われていますように、早急に計画書を作らねばなりませんので、帰国したら、地震博物館の関係者・機関から教えていただこうと思っています。そこで、カトマンズを離れる直前には、前便でお伝えしたサンタ・ラマさんのところに投宿している建築家の金子佳史さんに計画書を作るにあたっての課題を相談させていただきました。彼はネパールの地震の復興事業にとってプレハブなどの簡易住宅が必要だと感じてネパールに来たそうですが、ネパール政府の方針が変わり、簡易住宅ではなく鉄筋レンガ建ての建築に変わったため、今のところは仕事がない状態なので、サンタ・ラマさんの家の建て直しをしているとのことです。彼からは、ネパール人によるネパール人のための博物館の建物がふさわしいのではないか、との基本的な提言をいただきました。具体的には、例えば、カトマンズ大学の建設学科の学生に設計をしてもらうのも一つの方法であると言われましたので、来春のカトマンズ大学の講義の際には大学側と相談しようと思っています。