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2017年ネパール通信20  余話7ネパールのトイレ・ゴミ事情から考える

1) はじめに

前回の2017年ネパール通信19でお伝えしましたが、2752枚の今春の写真データ・ベース(*1)にはいろいろなネパールなどの表情が写されていますので、これまでに「ヒマラヤ展望率」、「何を食べていたのか-ネパール効果-?」、「カトマンズ・ポカラ間の河川環境の変化」や「春の花、いろいろ」を報告してきました。今回のテーマは「ネパールのトイレ・ゴミ事情から考える」で、基本的なコンセプトは「トイレ・ゴミ事情などの課題は、水循環をめぐり、水質環境にあらわれる」、および「Where do we come from? What are we? Where are we going? (P. Gauguin)」(*2)の視点でネパール・ヒマラヤの将来課題を考えてみました。
(*1)2017Nepal
https://glacierworld.net/gallery/Nepal_B/2017Nepal/index.html
(*2)KU Lecture 2015 – 2017
http://environmentalchangesofthenepalhimalaya.weebly.com/1-3-activity-of-the-international-cooperation.html

             写真1 カトマンズのトイレ・ゴミ事情

2) トイレ・ゴミ事情の実態

カトマンズの現在のバザール周辺では、プラスティック袋の生ゴミが路上にあふれ、牛や犬が集まる風景(写真1の上)と1990年前後の民家のトイレやゴミが捨てられたバグマティ川の橋には豚が徘徊していた(写真1の下)。カトマンズの現在の大学のトイレ事情はどうかというと、トリブバン大学トリチャンドラ・キャンパス(写真2の#005、006)とカトマンズ大学の宿舎(写真2の#007、008)のように一応水洗式にはなっているのだが、微生物分解を行っていいるという汚物の処理が不十分だ(特に山間地域の冬期寒冷地では微生物活性が低下する)と地下浸透し、地下水汚染、ひいては河川水の汚染の原因*になる。とくに、停電が頻発するカトマンズでは水洗式トイレの汚物循環がうまくいかないことにくわえて、しばしば起こる断水時には水道管内の圧力が地下水圧よりも低くなるので、汚染された地下水が水道管内に侵入し、汚れた地下水混じりの水道水を飲むはめになることが、幼児死亡率の高さの原因になるとさえ言われる。やはり、「トイレ・ゴミ事情などの課題は、水循環をめぐり、水資源環境にあらわれる」のである。
*バグマティ川
2017年ネパール通信16 余話3
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html
*バグマティ 川の浄化活動
2017年ネパール通信2(写真報告)
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/03/2017.html
カトマンズの繁華街、ターメルの街角には毎朝大量のプラスティック袋に入った生ゴミが集まり、分別収集をしている(写真2の#009-013)。ランタン谷のトイレ事情(写真2の#014-019、写真3の#020、021)の特徴は都市以外の他の地域と同様に、トイレット・ペーパーは便器に流さず、備え付けの箱に集め、焼却処分することである。つまり、トイレット・ペーパーも便器に流すことができるのが、都市の象徴の一つになっている。さて、ランタン谷のトイレ事情であるが、入山1日目に泊まったランタン川畔のバンブー(写真2の#014)のトイレの水洗方式は直接川から水を引き、四六時中、便器に水を流す「完全」水洗方式で清潔そのものだった。街ではこうはできないが、汚物は地下浸透し、直接ランタン川に垂れ流している。便器は清潔だが、地下水と河川水は汚染されている。ランタン村の集会所のトイレ(写真2の#015-017)は汚物処理ができずに、溜まったままの惨状だった。今春のランタン調査で最も高所に位置するキャンジン(3882m)のホテルのトイレ(写真2の#018-019、写真3の#020)の窓からの眺めは素晴らしく、ランタン・リルン峰の展望(写真2の#020)付きで、和式的便器での使用後は手桶の水で汚物を流した。トイレの壁には、「Toilet paper put in box, not in pan.」と但し書きされている。ランタン調査の最後に泊まったシャプルーのホテルのトイレ(写真3の#021)ではトイレット・ペーパーも便器に流すことができる都市型の水洗方式であった。そうではあるのだが、急速に開発されるシャプルーなどの都市型ホテルのトイレ汚物は地下浸透後、水循環をめぐり、トリスリ川を汚染しているのである。

          写真2 カトマンズとランタン地域のトイレ・ゴミ事情

           写真3 ランタン・カトマンズ・昆明各地のトイレ・ゴミ事情

ゴミで汚れたカトマンズを清掃する人たち(写真3の#022-025)は早朝から活動をはじめている 。街なかには、古い自動車を利用した公衆トイレも設置されてはいる(写真3の#026)が、はたして汚物処理はどのようにしているのか、気にかかる。カトマンズ滞在の最後の夜に泊めていただいた新しいホテルのトイレ(写真3の#027-028)は清潔そのものであったが、帰国日に利用したカトマンズ空港のトイレ(写真3の#029-031)もまた新しい近代的な様式になっていたのには驚かされた。帰国時にたちよった昆明空港のゴミ入れ(写真3の#032-034)も新しいもので、リサイクルできるプラスティック製品は赤い印の左側の缶に、リサイクルできない燃やすゴミは右側の赤い印の缶に入れるようになっていた(写真3の#033)が、収集直後だったのだろうか、缶の中のゴミは少なかった(写真034)。
以上のような今春の旅で気がついたカトマンズとランタン地域のトイレ・ゴミ事情と比較するするために、ネパール東部のクンブ地域と中央部のアンナプルナ地域の例を紹介する。 トイレ・ゴミ事情(4)はクンブ地域の写真で、ルクラ飛行場ではリサイクルのアルミ缶やビン類(写真4の#035)がカトマンズに空き便で送られると言う。トレッキング・ルートには竹ゴザを丸めた簡易ゴミ箱があり、飲用水のプラスティック・ボトルなどが入っていた(写真4の#036)。ナムチェバザールの公衆便所は非衛生的そのもの(写真4の#037)で、さらに西洋式のホテルの水洗便所は一見衛生的に見える(写真4の#038)が、中には便座が汚れて座れないものや汚れた便座を外したトイレでは便器の上に乗って用を足す危険なスタイルを強要される場合もある。1970年代の牧歌的な佇まい(写真4の#039下)が一変してしまったホテル街、ナムチェバザール(写真4の#039上)の地下水汚染は想像に難くないことは写真7で述べる。おしなべて、ナムチェバザール以北のトレッキングで訪れる各村々のホテルのトイレ(写真4の#040-042)は決して衛生的とはいえず、水循環を通じて、地下水や河川水を汚染し、水資源環境に深刻な影響をあたえていることは推して知るべしである。

           写真4 東ネパール・クンブ地域のトイレ・ゴミ事情

          写真5 クンブ、アンナプルナ地域のトイレ・ゴミ事情

新しいホテルで採用されている西洋式トイレ(写真5の#043)よりも、伝統的なデザインの日本的なトイレ(写真5の#044)のほうがより衛生的である。やはり、西洋式トイレはヒマラヤ山中のホテルではまだまだ「不都合の真実」なのだ。だが、その日本的なトイレであるが、ランタン村の集会所のトイレ(写真2の#015-017)で述べたように、クンブ地域でも管理が悪いと、便器周辺の汚物処理ができずに、溜まったままの惨状(写真5の#045)になることがある。一方ゴミ事情であるが、クンブの街道筋には各所に竹ゴザを利用した容器が設置されており、主として飲料水用のペットボトルが捨てられており(写真5の#046-047)、リサイクル用のゴミはルクラ飛行場に運びカトマンズに送られている。また、管理の行き届いたホテルの衛生的な西洋式トイレ(写真5の#048)や日本的なトイレ(写真5の#049)も少なからずある。この日本的なトイレでは、落ち葉を混ぜて堆肥を作っていた(写真5の#048の右)。アンナプルナ地域のゴミでは、リサイクル可能な缶(写真5の#050)を集めており、近隣都市のポカラまで担ぎ下ろすのであろう。
2013年に撮影したクンブ地域の新しい環境対策として、地元の木材で作ったゴミの分別式収集箱(写真6の#051-052)がナムチェバザール周辺にできている*。新しい3つの分別式のゴミ箱(写真6の#051左上)の左はガラス、中は金属、右はプラスチックと紙で、右側のプラスチックと紙のゴミ箱には紙類が多い(写真6の052)。また、道沿いの竹ゴザを利用したゴミ箱にはペットボトルのゴミが多いのはトレッキング中の水分補給のために持参している飲料水用のペットボトルが原因である。
* トイレ・ゴミ箱・簡易洗浄器
2013秋調査旅行余話(2)
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/12/blog-post_13.html

           写真6 クンブ地域の新しいゴミ事情

            写真7 ナムチェ・バザールの水事情

3) 水資源への影響

ナムチェバザールの入り口には豊富な湧き水があり、従来は飲水(写真7の#056-057)の他に洗濯(写真7の#057-058)などの生活用水に使われていたが、最近では水質悪化(おそらくトイレの屎尿水の地下浸透で、大腸菌汚染問題か)で飲めなくなり、飲水以外の選択などにもっぱら使われるようになっている。そこで、ナムチェバザールや周辺のクンデ・クムジュン各村の水資源を確保するために、近くのギャジョ氷河のある谷からクンビーラ山の西斜面の崖沿いに水道を引いてくるという危険で困難なプロジェクト(写真8の#059-062)を行った。降雪期にはクンビーラ山からの雪崩が襲うので、これからの水道の保守・管理は大変になることであろう。

写真8 ギャジョ氷河谷とそこからの水道建設(下の写真はハクパさんのメイルから)

写真9 ギャジョ氷河の位置とトイレの課題

さらなる課題は地球温暖化である。1970年以来観測しているギャジョ氷河(写真9の#063、064で前者は1970年、後者が2007年に撮影)は著しく融解し、 現在では氷河流動が認められない雪渓状態にまで変化し。このまま温暖化が進行すれば、今世紀中頃には消滅してしまうであろう。そうなると、ナムチェバザールなどの住民たちの重要な飲料水源がなくなってしまうのである。その兆候はネパール・ヒマラヤ中央部のムスタン地域に現れていて、温暖化による氷河縮小で、飲料水のみならず農業用水が欠乏し、2010年に住民が民族移動を余儀なくされはじめた、と現地新聞は報告している(写真10)。民族移動したムスタンの人たちは水資源不足のシェルパの人たちの将来を示している、ようだ。ここで、話は変わるが、アメリカのトランプ大統領のことである。彼は、地球温暖化対策のパリ協定に背を向けたが、彼の国アメリカは今年8月と9月に強大なハリケーンに見舞われているのである。日本の台風も巨大化し、今まさに台風18号が全国を縦断急襲しているので、トランプさんの愚行?を決して笑っているだけでは済まされない。温暖化が進行すると、10月から翌年の5月までの年間8ヶ月のヒマラヤ地域は乾燥期で、雨が少ない時期なので、水資源のもとはもっぱら氷河の解け水になるが、その氷河が縮小してしまうのでネパールなどのヒマラヤ地域だけではなく、ヒマラヤを起源とする南アジアの大河(インダス河・ガンジス河・メコン河・揚子江・黄河)各流域にその影響がおよぶことであろう。すでにその影響は黄河などに現れているのである。
以上のような水資源の変動期を迎えているネパール・ヒマラヤであるが、トイレ環境が良くない中(写真9の#065-066)で、いかにして少しでも快適にする示唆を自分の経験から提示しておきたい。氷河調査を共同で行っていたシェルパの人たちはそもそもトイレでは紙を使わなかったか、使う必要がなかったようだ。彼らの糞は、例えて言えば、犬のようなもので、肛門の出口を汚さない、やや硬めのものである。彼らと一緒に生活し、現地食を食べ、調査で良く体を動かしていると、彼らのような糞になるのを経験した(写真9の#067)ことがある。そうなれば、シェルパの人同様に、トイレット・ペーパーレスの生活ができるんであるが、日本人はいつも彼らのようには行かないので、トイレット・ペーパーが必須になるが、その際肛門の出口を綺麗にするために、洗浄瓶を逆さまにして使用する手製の手動式洗浄方式(写真9の#069)を採用している。洗浄瓶は日曜大工の店で300円ほどで購入でき、お湯と水で皆さん好みの体温の洗浄水で快適なヒマラヤ生活を送ってみてはいかがでしょうか*。
*トイレ・ゴミ箱・簡易洗浄器
2013秋調査旅行余話(2)
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/12/blog-post_13.html

          写真10 ネパール・ヒマラヤの環境難民発生(新聞マイリパブリカ;2010/06/01)

          写真11 水汲み少女と水不足に苦労するネパールの人々

4) Where do we come from? What are we? Where are we going? (P. Gauguin, 1897)

前述したネパールの山岳地域のみならず各地の水不足は深刻で、断水がしばしば起こり、婦女子が水汲みに出かける姿はネパールの一般的風景(写真11)になっている。都市部では、給水車(写真11の左下と右下)が街の各所で一般家庭などに配水せざるをえなくなっている。夕方になるとカトマンズの旧王宮の林にはカラスの大群が集まってくる(写真12)のを見ると、あたかも、カラス王国になったかのようだ。かつては、オオコウモリがカトマンズの空を悠然と飛び、王宮の森にたくさんぶら下がっていたのだ(写真12の左下)が、最近は姿を消してしまった。急速に進む都市化にもカラスは人が捨てる生ゴミで繁栄をきわめ、オオコウモリは撤退を余儀なくされたのであろう。水・大気汚染にゴミ問題をかかえるカトマンズに住む人の将来を暗示しているようだ。画家のゴーガンさんがタヒチ女性たちを描いた絵の題名「Where do we come from? What are we? Where are we going?:我々はどこから来たのか_我々は何者か_我々はどこへ行くのか」(写真12の右下)が示唆的である、と感じる。もし仮に、水・大気汚染とゴミの環境汚染で、カトマンズに人が住めなくなるようになると、カラスにとっては、人が出す生ゴミがなくなり、カラスの餌もなくなってしまうことになる。そうすると、餌のないカラスは、オオコオモリ同様、撤退するようになり、将来のカトマンズはレイチェル・カーソン*が指摘した鳥などの生物が住めなくなる「サイレント・スプリング(Silent Spring;沈黙の春)」が象徴的に示すような環境になってしまうことを恐れる。ゴーギャンは「私にはこれ以上の作品は描くことはできず、好きな作品と言ってもいい」と述べ、描き上げた後に自殺を試みたそうだが、絵の中の左側の人物は「死を迎えることを甘んじ、諦めている老女」で、上部左の青白い像は「超越者」との説明もあるが、ネパールでも馴染みなヒンズー教的な将来を見通す神様に思えるのである。はたして、この絵の中央で果物(???)を両手にかざし、毅然として立つ主人公的な女性の希望の願いは成就するのであろうか。ゴーガンの描く彼女がかざす果物は、ネパールの水汲み少女が腰にいだく水がめ(写真11)のように思えるのである。
*Rachel Carson, 1962, Silent Spring. Houghton Mifflin Co.

          写真12 かつてのオオコオモリは去り、カラス王国となっているのだが。はたして、その行く先は?