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3.自然史とその地域性

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  ヒマラヤ山脈をはじめ内陸アジアの高山地域では広域的に見ても、また局所的に見ても、場所ごとに地形条件や気候条件が異なっている。このことは植生や人間をも含めた生物などの分布に影響を与える。ヒマラヤ山脈は陸続きの土地ではあるが、深い谷や急峻な山地の南面や北面といった地形的条件や局所的な気候条件に応じて、そこに見られる生物の分布はあたかも島状分布をしているようにみえる。
自然現象の分布構造とその時間変化の相互の関係を発見するのが、フィールド調査の基本となる、といえるだろう。このことはたとえてみれば、ある地点での雪質が新雪 シマリ雪 ザラメ雪へと変わり、やがて解け去るという比較的短い間の時間変化が、同時に広域的な雪質分布において高地から低地へと向かい、やはり新雪 シマリ雪 ザラメ雪に移り変わっていく地域変化に見ることができるという現象にあらわれてくる。ある地点でのシマリ雪がザラメ雪に変化していくように、私たちは季節が進むにつれて高地のシマリ雪地域がザラメ雪地域に移り変わってゆくことを知るのである。ところが日本海南部の沿岸地域のように、湿雪が降り、短時間にザラメ雪となり融けさる暖地積雪の場合や、南極やグリーンランドの内陸地域のように、新雪がシマリ雪となり(部分的な霜ザラメ化を受けながら)圧密によって氷化するという寒地積雪の場合もある。
これらのことは、雪質の変化を引き起こす気候条件に、さらに地形条件(地理的条件も含まれる)が加わり、気候条件が日本海南部の沿岸のように暖域としての変化を示す場合と南極やグリーンランドの内陸のように寒域としての変化を示す場合のように対照的な現象が、それぞれの地域ごとに見られることを示している。雪質が変化するという比較的に短い間の気候条件の中にも、その過程にたずさわる地形条件を見てとれるのである。寒地積雪や暖地積雪といった地域性も、長い時間にわたる歴史を見ると常に一定不変のことではなく、地形条件と気候条件とともに絶えず変化してきたものと考えられる。
このことはある地点での自然現象の歴史の中に地域性を見ることができることを示すとともに、自然現象の地域性の中に歴史性をも見ることができることを示している。そしてその自然現象の地域性と歴史性に見られる同質性と異質性によって自然現象を群として認識することができる、と考えられる。
渡辺と上田は「氷河群とは単一氷体としての氷河に対置される概念である。もし同一の氷河形成にとって必要な地形-気候条件をもつ場があるとすれば、そこで形成される氷河は共通の氷河特性をもつ一群の氷河であるはずである」と述べている(文献4)。そこで渡辺らは、ネパール・ヒマラヤに見られる氷河をヒマラヤ山脈の北側のチベット型氷河群とヒマラヤ山脈の南側のネパール型氷河群とに分類した(文献5)。
ヒマラヤは地球上で最も大きく上昇してきた山岳地帯であり、過去から現在へといたるヒマラヤの自然の変化は大きい。そして現在でも上昇が続き、その自然を変化させている。
ヒマラヤの自然史を編むための基本として、地形条件と気候条件の地域性とともにそれらの歴史性をも明らかにしていくことが必要であるが、ここでは単なる斉一説 “The present is the key to the past”の考え方だけでなく“The pa-st is the key to the present and the future”の見方も必要となろう。現在の気候条件から出発して、現在とは大きく異なっていた過去の地形条件に対応した気候条件を、幾つかの仮定をおきながら求めていく方法と、逆に過去の自然現象を示している遺跡の事実から、かつての自然史を組み立ててゆき、そして過去から現在へと至る自然現象の歴史性によってヒマラヤの自然史の将来を見通す視点とを総合して考えていく必要がある。