ポカラを起点としたマルシャンディ川沿いの調査地域概略図(グーグル・マップとGPS軌跡ルート)

マルシャンディ川上流域の調査地域(グーグル・アース画像とGPS軌跡ルート)

ネパール中央部のマナスル周辺地域の氷河・湖環境変動に関する調査を、20121024日~115日まで行った。調査内容は、マルシャンディ川支流のダナ・コーラ上流のツラギ氷河・湖では氷河・氷河湖変動と水草、マルシャンディ川支流のドゥドゥ・コーラ上流ビムタン地域では2006年洪水とポンカール湖の環境変動調査、および今回の調査旅行を通じて体験した環境課題のトピックスとしては、森林資源や道路開発の実態、トイレ問題、またその他としては雪男、野鳥料理、デジカメの功罪、馬の旅や友人の分骨場などについても概要を報告する。
(1)ツラギ(ダナ)氷河・湖

1975年以降のツラギ氷河・湖の変動図

ツラギ氷河は末端部のカービングによって2009年までは急速に後退(したがって、氷河湖は拡大)していたが、ツラギ氷河の屈曲部付近で、2010年以降は末端部分が氷河湖底に座礁した状態になり、氷河の主な消耗は表面低下で、末端変動は停止した状態になっている。

1.氷河湖変動と氷河湖決壊洪水(GLOF)
水位低下現象

2009年11月8日の軌跡ルートを2005年11月5日のグーグル画像に重ねた図

ツラギ氷河湖の水位低下現象に気がついたのは湖岸沿いに歩いたGPSの軌跡ルートをグーグル画像に重ねて見ると、2005年11月5日の画像上では、2009年11月8日の軌跡ルートがほぼ湖岸(汀線)に並行に、岸から20~30mの湖中を通っているので、2005年の水位は2009年よりも高かったと考え、氷河関係者の集まりで話したところ、誤差の問題があるので、水位変化とは結びつかないのではないか、という指摘を受けたことがある。ところが、新しく公開された2011年12月30日のグーグル画像に2009年の軌跡ルートを載せてみると、軌跡ルートは歩いたとおり、湖岸(汀線)沿いに通っているので、ツラギ氷河湖の水位は2005年から2009年にかけて低下していたことが確認できた。

自律的対応機構
これまでのネパール・ヒマラヤの氷河湖決壊洪水(GLOF)の調査から、決壊した氷河湖はいずれも小規模なもので、氷河湖をせき止めている堆積物(モレーン)中の化石氷が溶けたりすれば、古くなったロックフィル・ダムのように構造が弱くなり、そこに雪崩・岩石崩壊による津波の影響が加われば、小規模な氷河のモレーン構造の脆弱性によって、末端モレーンの決壊の要因になり、GLOFを引き起こしたと考えられる。一方、モレーン強度の高い大規模氷河湖の場合は、直下型の大規模地震でもない限り、モレーンは安定しているとともに、温暖化の進行による融雪・融氷水流入の増加がすすむなかで、結果として引き起こされる氷河湖の水位上昇に対して、(あたかも自律的に)氷河湖の流出口が水量増加で侵食され、湖面水位を低下させる現象がツラギ氷河湖で起こっていると解釈できたので、大規模氷河湖にはGLOFリスクへの(自律的な)対応機構があるのではないかと考えている。もし、この解釈が妥当ならば、ツラギ氷河湖自体が、GLOF災害の発生リスクを高める水位上昇への事前防止機能を発揮しているものといえるであろう。したがって、GLOF対策とはいえ、すでに行われてきている大規模土木工事は、各々の氷河湖の特性に対応したGLOFリスクへの(自律的な)対応機構を調査したうえで、再考すべきだと考える。


2.水草

ツラギ氷河湖末端の透明な池に繁茂する水草(2012.10.29)

水位低下現象の項でも触れたが、ツラギ氷河湖末端(4048m)には、水位低下によって分離した透明な池(20m*10m*深さ約2m)があり、今回初めて水草が繁茂しているのが観測できた。水生生物といえば、アオミドロ的な藻類は観測できていたが、長さが1m程もある水草が繁茂するようになったことは、温暖化などの環境変動が氷河湖地域にも現れてきた可能性がある。下記のポンカー湖ではガン・カモ科の渡り鳥が飛来するとうので、ツラギ氷河湖も将来はヒマラヤを超える渡り鳥の中継地になる可能性を秘めている。水草の資料は採集したので、水草の権威、滋賀県立大学の浜端悦治さんに検定していただこうと思っている。.

ツラギ氷河湖末端の水草(ストックのスケールは10cm;2012.10.29)

浜端さんからメイルがきて、「たぶんリュウノヒゲモPotamogeton pectinatusとのことで、湖岸付近に群がって生えている様子はモンゴルと良く似ている」とのことです。帰国してから、標本を鑑定してもらうのが楽しみです。

モンゴルのリュウノヒゲモPotamogeton pectinatus(浜端氏撮影)