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(1)ツラギ(ダナ)氷河・湖
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1975年以降のツラギ氷河・湖の変動図

ツラギ氷河は末端部のカービングによって2009年までは急速に後退(したがって、氷河湖は拡大)していたが、ツラギ氷河の屈曲部付近で、2010年以降は末端部分が氷河湖底に座礁した状態になり、氷河の主な消耗は表面低下で、末端変動は停止した状態になっている。
1.氷河湖変動と氷河湖決壊洪水(GLOF)
水位低下現象
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2009年11月8日の軌跡ルートを2005年11月5日のグーグル画像に重ねた図

ツラギ氷河湖の水位低下現象に気がついたのは湖岸沿いに歩いたGPSの軌跡ルートをグーグル画像に重ねて見ると、2005年11月5日の画像上では、2009年11月8日の軌跡ルートがほぼ湖岸(汀線)に並行に、岸から20~30mの湖中を通っているので、2005年の水位は2009年よりも高かったと考え、氷河関係者の集まりで話したところ、誤差の問題があるので、水位変化とは結びつかないのではないか、という指摘を受けたことがある。ところが、新しく公開された2011年12月30日のグーグル画像に2009年の軌跡ルートを載せてみると、軌跡ルートは歩いたとおり、湖岸(汀線)沿いに通っているので、ツラギ氷河湖の水位は2005年から2009年にかけて低下していたことが確認できた。

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2009年11月8日の軌跡ルートを2011年12月30日のグーグル画像に重ねた図
それでは実際にどの程度水位低下しているかというと、水位低下してからの時間があまり経っていないので、高水位時代の汀線を示す植生のない湖岸部が湖面から2.5m上に連続的に分布していることから、最近の水位低下量は2.5mと見積もることができる。水位低下の原因としては、氷河湖の流出口部分がそれ以前の水位上昇時の水量によって侵食され、流出口の位置が低下したため、湖面水位が低下したものと解釈している。

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ツラギ氷河湖末端部の水位低下(左上写真はかつての水位計が干し上がっているのを示す)

このような水位低下現象は、ネパール水文気象局(通称DHM)が1996年に調査した時の氷河湖末端周辺の写真と2009年のものと比較しても明らかで、氷河湖末端部のグレーシャーミルクのP1部分が、水位低下によって、2009年には透明度の高い池P2に変化しているのである。なお、次に述べる水草の繁茂はこのP2の池で起こっている現象である。

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1996年のDHM隊と2009年の末端地域の変化

自律的対応機構
これまでのネパール・ヒマラヤの氷河湖決壊洪水(GLOF)の調査から、決壊した氷河湖はいずれも小規模なもので、氷河湖をせき止めている堆積物(モレーン)中の化石氷が溶けたりすれば、古くなったロックフィル・ダムのように構造が弱くなり、そこに雪崩・岩石崩壊による津波の影響が加われば、小規模な氷河のモレーン構造の脆弱性によって、末端モレーンの決壊の要因になり、GLOFを引き起こしたと考えられる。一方、モレーン強度の高い大規模氷河湖の場合は、直下型の大規模地震でもない限り、モレーンは安定しているとともに、温暖化の進行による融雪・融氷水流入の増加がすすむなかで、結果として引き起こされる氷河湖の水位上昇に対して、(あたかも自律的に)氷河湖の流出口が水量増加で侵食され、湖面水位を低下させる現象がツラギ氷河湖で起こっていると解釈できたので、大規模氷河湖にはGLOFリスクへの(自律的な)対応機構があるのではないかと考えている。もし、この解釈が妥当ならば、ツラギ氷河湖自体が、GLOF災害の発生リスクを高める水位上昇への事前防止機能を発揮しているものといえるであろう。したがって、GLOF対策とはいえ、すでに行われてきている大規模土木工事は、各々の氷河湖の特性に対応したGLOFリスクへの(自律的な)対応機構を調査したうえで、再考すべきだと考える。

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ツラギ氷河湖の流出口(2012.10.29)

GLOFの可能性
ツラギ氷河湖のGLOFリスクへの(自律的な)対応機構が働いていると解釈できることに加えて、末端部分のモレーンは層厚が100m以上と堅固な堆積物なので、末端部分を破壊する直下型の大地震でもないかぎり、GLOFは発生しないであろう。このことは、クンブ地域のイムジャ氷河湖とも共通性があるので、住民に対して、いたずらにGLOFの恐怖心を煽ることは慎まねばならない、と考える。というのは、2009年春に調査したイムジャ氷河湖近くのディンボチェ村の住民代表が私たちのところに来て、「去年は氷河湖調査隊が7隊きた。調査隊は危険だとは言うが、何が、どのように危険なのかは言ってくれない。危険という言葉が独り歩きしているので、学校も発電所も病院も作ることができないで困っている。もう、調査隊はたくさんだ。」とこぼしたのを心に留めておきたい。
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P29(ハルカ・バハドール・グルン)峰とツラギ氷河・湖(2012.10.28)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ツラギ氷河湖末端の流出河川(2012.10.29)

2.水草
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ツラギ氷河湖末端の透明な池に繁茂する水草(2012.10.29)

水位低下現象の項でも触れたが、ツラギ氷河湖末端(4048m)には、水位低下によって分離した透明な池(20m*10m*深さ約2m)があり、今回初めて水草が繁茂しているのが観測できた。水生生物といえば、アオミドロ的な藻類は観測できていたが、長さが1m程もある水草が繁茂するようになったことは、温暖化などの環境変動が氷河湖地域にも現れてきた可能性がある。下記のポンカー湖ではガン・カモ科の渡り鳥が飛来するとうので、ツラギ氷河湖も将来はヒマラヤを超える渡り鳥の中継地になる可能性を秘めている。水草の資料は採集したので、水草の権威、滋賀県立大学の浜端悦治さんに検定していただこうと思っている。.

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ツラギ氷河湖末端の水草(ストックのスケールは10cm;2012.10.29)

浜端さんからメイルがきて、「たぶんリュウノヒゲモPotamogeton pectinatusとのことで、湖岸付近に群がって生えている様子はモンゴルと良く似ている」とのことです。帰国してから、標本を鑑定してもらうのが楽しみです。

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モンゴルのリュウノヒゲモPotamogeton pectinatus(浜端氏撮影)