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2017年ネパール通信14余話1

はじめに
2017年ネパール通信14の余話1と題し、1)ヒマラヤ鳥の目としては、帰りの飛行機から見た念願の世界最高峰チョモランマなどの8000m峰や開発によるカトマンズのボーダナート寺院周辺の大きな変化、2)ネパール虫の目として足で歩きながら見た、遅々として進まぬ世界遺産の官の復興現状とともに、官の事業とは対象的に急ピッチで進むカトマンズの民間のビルや雪崩被害を受けたランタン村周辺のホテルなどの開発の実態と課題、さらに3)食生活と血液検査結果として、個人的なことですが、ネパールの食生活で健康を回復した「ネパール効果」の実例を報告する。

1)ヒマラヤ鳥の目

写真1 チョモランマ・ローツェ・ヌプツェ山群

飛行機からヒマラヤを眺めるのが楽しみであったが、昆明からカトマンズに飛んだ3月10日は、どこまでいけども厚い雲が続き、残念ながら、ヒマラヤを望むことはできなかった*。そこで、帰りこそは期待していたが、モンスーンの雨期入り間近でかなりの雲が湧いていた。ところが、東ネパールのクンブ地域周辺だけは雲頂高度が低かったので、チョモランマ(エベレスト)・ローツェ・マカルー・チョーオユーの8000m峰4座を見ることができたのは幸いであった。今回利用した中国東方航空の飛行コースはカトマンズからミャンマーに向かうルートで、これまで利用してきたエアー・アジアよりもクンブ地域に近いコースを飛んだので、エアー・アジア機から見た写真**よりも、チョモランマをはじめとした8000m峰の迫力ある写真を撮ることができた(写真1,2)。2013年の雨期明けの10月の写真**とくらべると、今回のカトマンズ・昆明間で見た雨期前のチョモランマは乾季の影響で雪が少なく、黒光りしているように感じた。飛行高度はおそらく8500m程度であったため、マカルー峰(8463m)とローツェ峰(8516m)はほぼ水平方向に、チョー・オユー峰(8201m)は見下ろしたが、さすが世界最高峰のチョモランマ(8848m)は仰ぎ見るような気高さを覚えた。クンブ地域以外は厚い雲に覆われていたので、他のヒマラヤは望めなかったが、ミャンマーから昆明間の雪山も次回には見たいものだ。
*2017年ネパール通信2(写真報告)
昆明経由でカトマンズに着きました。
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/03/2017.html  

** ヒマラヤ近況報告2013/10/16
<ヒマラヤの大雪>
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/10/20131016_18.html

写真2 クンブ地域周辺の8000m峰

写真3 田園都市カトマンズ時代のボーダナート寺院周辺(1974年)

カトマンズのラマ教の大寺院、ボーダナート周辺にヒマラヤ調査の拠点(カトマンズ・クラブ・ハウス*) を設けた1970年代は、空気も水もきれいな田園が広がっていた(写真3)が、現在の寺院周辺は乱開発が進み、水や大気汚染にくわえてゴミが充満し、かつての田園風景はほとんどなくなってしまった(写真4)。さらに道路の車の数を見ると、1070年代には自家用車と思われる小さなクルマが数台走っているだけだ(写真3)が、最近では自家用車とともに、大きなバスなどの車が目白押しに並んでいる違いが分かる(写真4)。自動車の整備が悪く、黒煙を出して走る車は大気汚染の要因の1つである。
*2015年ネパール春調査(15)
KCHその後
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/nepal2015/nepal2015_16episode2/

写真4 開発の手が伸びる現在のボーダナート寺院周辺

2)ネパール虫の目

写真5 遅々として進まぬ世界遺産の修復

2015年4月のネパール地震発生から2年ほどになるが、 カトマンズのダルバール・スクエアーにある有名な世界遺産の復興は遅々として進んでいない(写真5)のは、去年とほとんど同じ*で、ますます先が思いやられる。一方、民間の商店街に目を向けると、2年前の地震で倒れたビルなどは早くも復興を遂げており(写真6)、官と民の違いが歴然と現れている。官が行っている文化財などの修復には、当然かなりの予算が割り当てられているはずなのだが、どうやら予算がうまく使われていないのではないか、と勘ぐりたくなる。
* 2016年ネパール通信13 カトマンズに戻りました
写真8 カトマンズの旧王宮の復旧状況
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/nepal2016/back-to-kathmandu/

写真6 急ピッチで進む民間の商店街ビル(ターメルにて)

写真7 危険な雪崩堆積物周辺で進む新ランタン村の復興

現在のところは、ランタン村上部の雪崩発生源地域の残留堆積物が安定化しているにしても、雪崩の流路になった地域の稜線部分には懸垂氷河があり(写真7)、貞兼綾子さんが指摘するように、懸垂氷河が落下してくる危険性も考えられる。そこには、懸垂氷河落下を受け止める16世紀の氷河のモレーン堆積物があるが、その内部に湖が形成されるようになれば、懸垂氷河の一部分でもが直接湖に落下し、そこで生ずる津波がモレーンを破壊して、氷河湖決壊洪水(GLOF)が村を襲う災害には将来注意を要する、ことを指摘しておきたい。そのような災害を防ぐためには、雪崩堆積物周辺には新築家屋を建てないことだが、残念なことにすでに新しいホテルなどを立ててしまっているので、対症療法的には、前述したように、日本の防潮堤のような石積みの堤を築くしかないであろう。また、バンブーやゴラタネラの新築ホテルのように危険な崖錐地帯に近すぎているため(写真8)、地震による落石でふたたび倒壊する危険性があるのだが、ランタン村と同様に、経済的理由で復興を早く進めている民間の努力が裏目にでている、と解釈できる。

写真8 危険な崖錐地帯に新築されたホテル(ゴラタベラにて)

3)食生活と血液検査結果

写真9 この半年間と帰国後の血液検査結果

  幸いなことにランタン谷の調査中は体の調子は良く、4000m以上まで登り、調査することができたのは、「心臓を手術していただき、4163mまで登ることができるように回復してくださった三菱京都病院名誉院長の三木真司先生」*には重ねて感謝するとともに、今後はなんとか、5000m台まで登りたいものだ、とひそかに思っている。
*2017年ネパール通信5 ランタン村周辺の雪崩災害と災害地形などについて
4) おわりに 

5 ランタン村周辺の雪崩災害と災害地形などについて

今年の講義と調査を終え、帰国早々に三木先生の所で血液検査をしたところ、出発前の半年間、検査のたびに血糖と中性脂肪の値が高く、かつ出発前の2月末に向かってそれらの値が上昇していたが、帰国後の6月初めの検査で全ての検査項目の数値が正常値の範囲内におさまっていた。そこで三木先生曰く、「ネパール効果ですね」。ネパールでは、大学のある郊外からカトマンズの街に出た時には、肉料理を食べ、ビールなどを飲むことがあったが、酒を絶ったカトマンズ大学の講義期間は大学食堂で典型的なネパール料理(写真10)であるダルバート(豆スープとご飯)中心のベジタリアン的な食事*であったため、血糖と中性脂肪の値を低くし、ランタン谷の標高の高い地域の調査でも、体力・健康面でプラスに働いたのではないか、と解釈している。日本にいると、つい不健康な食生活になりがちなので、できるだけ「ネパール効果」が持続するように、何とかこの良好な状態を保っていきたいものだ。
* 2017年ネパール通信3(写真報告)
「カトマンズ大学にきました」
https://glacierworld.net/2017/03/26/newsupdate-2/

写真10 カトマンズ大学での典型的なネパール料理(ダル・バート;豆スープとご飯)