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2017年ネパール通信13

さらば!カトマンズ大学、そしてガウリシャンカール峰

1) はじめに

カトマンズ大学は、大気汚染に見舞われているカトマンズから東へ28キロ*の峠、ドゥリケル近くにあるので、街の喧騒もない峠の風が吹く爽やかなところですが、さらに素晴らしいことには、ヒマラヤが見える避暑地になっていることです。とくに晴れた日には、大学宿舎から見渡せるランタンのジュガール・ヒマールからソル・クンブ地域のヌンブールへの連山の中で、ガウリシャンカール峰(7134m)の眺めが素晴らしい。5月後半の日の出はガウリシャンカール峰の右側から昇るので、東の空全体が金色に輝く中でガウリシャンカール峰の逆光のシルエット(写真1)がうかび、また日没時には、夕日に紅く(アーベント・ロートに)染まるガウリシャンカール峰(写真2)が一日の終りを告げてくれます。そのガウリシャンカール峰とも、いよいよ、おさらばの時がきました。
*カトマンズ大学のある地名が「28キロ」で、首都カトマンズからの距離を示し、「28キロ」は最寄りのバス停の名前にもなっています。

写真1 カトマンズ大学の宿舎から眺める日の出直前のガウリシャンカール峰。

写真2 カトマンズ大学の宿舎から眺める夕焼けのガウリシャンカール峰。

3月から5月までの3ヶ月間続いた今春のカトマンズ大学の講義が5月31日には終わるので、カッコウが依然として歌ってくれている(写真3)大学を離れ、帰国準備のために喧騒のカトマンズに下り、下記5)の残された課題に当たります。そこで、この3ヶ月間に行ったカトマンズ大学での講義、ランタン谷とポカラへの調査旅行や各種の報告内容および、帰国前のカトマンズで行う課題などの概要について、モンスーンの雨期*を知らせるアジサイの花が満開を迎えている(写真4)カトマンズ大学から報告します。
* 下記のインド気象局の衛星画像を見ると、モンスーンの雨期来訪を示す雲のゾーンは既にベンガル湾南部に到達し、東南アジアを経て、日本近海にまでおよんでいることが分かります。5月28日のハクパさんのメイルによると、「The IMD= Indian Meteorological Department assume Normal and even Above Normal Monsoon Precipitation. Namaste/Lhakpa Gyalu Sherpa」とのことでした。

Satellite Images – India Meteorological Department
http://satellite.imd.gov.in/insat.htm

写真3 カトマンズ大学の宿舎近くに訪れたカッコー。

写真4  カトマンズ大学の宿舎のアジサイが5月末には満開を迎えた。

2) 講義

この3年間のカトマンズ大学の講義ではホームページ*で内容を公開し、オープン講義のスタイルをとっています。学生数は一昨年の10人から、去年は7人、そして今年が4人と、毎年3人ずつ減っているのは留学生がいなくなったからだそうです。今年は学生の試験期間が長くなり(「Office of the Controller of Examinations」と表記した大きな建物ができ、学生の試験監督を厳しくしているようです)、5月前半までの講義は学生の試験の合間に行っていた状況でした。ポカラの国際山岳博物館の展示更新を5月初めに行っている間は、「How to get the skill of computing」のコンピュータの講義を行った干場悟さんは当初に予定していた5回の講義が3回しかできなかったとのことです。さらに、5月中旬には地方選挙があったため、学生は住民票のある郷里で投票して戻るまでの1週間が休校になったことにより、当初の講義スケジュールを変更せざるを得なくなり、下記ホームページの「SCHEDULE」に示すように、かなりタイトな講義日程になりました。

*Kathmandu University Lecture

Environmental Changes of the Nepal Himalaya

http://environmentalchangesofthenepalhimalaya.weebly.com/

3) 調査旅行

3-1 ランタン

20年ぶりのランタン谷周辺の調査の目的は、「ランタン村を直撃し、大災害を引き起こした2015年の雪崩堆積物の調査と1975年以来調査をしているキャンジン・ゴンパ北のキムシュン(ツェルベチェ)氷河の変化」を明らかにすることです。

写真5  雪崩発生当時の航空写真(山形大・八木教授撮影)に現場の地図を加える。赤い点線が、雪崩堆積物周辺のGPSによ調査ルートを示す。

写真6 雪崩堆積物にはA層とB層の氷、さらにB層の表面が融けたことを示す草付き斜面が観察された。

2015年4月25日の雪崩発生当時は、雪崩堆積物がランタン村からランタン川を覆い、対岸まで達していましたが、今回はランタン川が堆積物中の氷を融かし、右岸側の雪崩堆積物本体と左岸側の雪崩堆積物末端部とが分離していました(写真5,6)。しかも、雪崩堆積物中の氷は、下位のA層と上位のB層とに、つまり2回の雪崩発生による氷層が堆積していることをはっきりと示しています(写真6)。第1回目の雪崩は、現地にいた大阪市立大学のランタン・リ峰登山隊の報告で、地震直後の正午ごろにランタン・リ峰頂上部が崩れ、雪崩をひきおこし、ランタン村を襲ったことが分かっていますが、はたして第2回目の発生時期はいつでしょうか。また、B層上部の融解層の厚さ、つまりB層の表面が融けたことを示す草付き斜面(写真6のB0)からB層表面までの比高は10mほどなので、雪崩発生から2年間で、当初の雪崩堆積物の表面が年間5m程度、低下していると解釈できました。雪崩堆積物の層厚は下流側で30m程度と薄く、上流側では厚いところで50m程度あるので、雪崩堆積物中の氷は、単純計算で、10年程度は残存するのではないでしょうか。
ランタン村のテンバ・ラマさんによれば、第2回目の雪崩の発生時期は大きな余震があった2015年5月12日ではなく、5月2日とのことで、またランタン川の対岸まで覆っていた当初の雪崩堆積物は2016年10月にランタン川を境に分離したとのことです。雪崩堆積物の分離以前に現地調査をしていたら、今回のように雪崩堆積物中の氷層を観測することは難しかったことでしょう。今回のように分離後に現地調査でき、雪崩堆積物中の氷層をつぶさに調査できたことは幸運でした。

写真7 ランタン村上部の雪崩発生源地域とグーグルアース画像。

雪崩の流路になった地域(写真7の左上写真に示す下向きの長い矢印)の稜線部分には懸垂氷河(赤い点線内)があり、貞兼綾子さんが指摘するように、懸垂氷河が落下してくる危険性も考えられます。また、そこには懸垂氷河落下を受け止める16世紀の氷河のモレーン堆積物がありますが、その内部に湖が形成されるようになれば、懸垂氷河が直接湖に落下し、生ずる津波がモレーンを破壊して、氷河湖決壊洪水(GLOF)をひきおこし、ランタン村を再び襲う災害には将来注意を要する、ことを指摘します。

写真8 1975年のキムシュン(ツェルベチェ)氷河の写真に今回観察した氷河末端の地形を赤点線で示す。

キムシュン(ツェルベチェ)氷河には42年ぶりにお目にかかり、末端変動を観測しました。東ネパールのクンブ地域で調査してきたギャジョ氷河などの圏谷(カール)氷河は大きく後退し、氷河流動が認められない雪渓状態に大きく変化していますが、懸垂(ハンギング)氷河のキムシュン氷河の後退量を1975年(写真8)と2017年(写真9)で比較すると、ギャジョ氷河などの圏谷氷河ほど大きな変化はなく、右岸(写真に向かって左側)末端部で100m程度、中央部で50mほど、左岸末端部ではほとんど変化は見られませんでした。2015年の地震で、懸垂氷河下流の流下速度が大きくなり、温暖化による末端部の後退量を少なくしているのでしょうか。

 

参考資料

2017年ネパール通信4

「ランタン村周辺調査の予察的速報」

4. ランタン村周辺調査の予察的速報を公開しました。

2017年ネパール通信5

ランタン村周辺の雪崩災害と災害地形などについて

「5. ランタン村周辺の雪崩災害と災害地形などについて」を加えました。

2017年ネパール通信6

コメントについて

「2017年ネパール通信6 コメントについて」を加えました。

2017年ネパール通信7

ランタンの旅をまとめ、ポカラへ

ネパール通信7 「ランタンの旅をまとめ、ポカラへ 」 を追加しました。

3-2 ポカラ

4月30日から5月7日までポカラに滞在し、国際山岳博物館の展示を更新するとともに、懸案の大森弘一郎さんの大型写真の計測を行い、更新にも目処をたてるとともに、ランタン村でのヒマラヤ災害情報センター構想の実現をめざす準備活動について国際山岳博物館およびネパール山岳協会の関係者と相談しました。また、昨年末に亡くなった友人の米道裕彌さんの石碑をカトマンズで作り、すでに祀ってあり、ヒマラヤの神々の座に見守られている友人・先輩たちとともに彼も供養しました。

写真9 ポカラから見られるヒマラヤ風景(上;マチャプチャリ峰を中心にしたアンナプルナ連峰、中;マナスル三山、下;左からマナスル三山の主峰マナスル、ピーク29,ヒマルチュリ各峰)。

ポカラの標高は約800m、その北方約20キロにあるアンナプルナ連峰の8000mの神々の座は、近距離で高度差が大きいので、仰ぎ見るような感じがします(写真9上、10)。 なかでもマチャプチャリ峰は7000mにも満たないのですが、ポカラの近くにあるため、背後の8000m級の山々よりも大きく見えます(写真9上、10)。まさに、アンナプルナ連峰の盟主のような感じで、小さくともキラリと輝いています。ポカラの東には8000m峰のマナスル峰をはじめ、ピーク29峰とヒマルチュリ峰のいわゆるマナスル三山がひかえています(写真9の中と下)。

写真10 マチャプチャリ峰が眺められるアンナプルナ連峰の雲の発生・発達の経過を示す。

アンナプルナ連峰の日中の雲でき方もマチャプチャリ峰を見るのに幸いしていると思われます。と言うのは、マチャプチャリ峰の東西にあるアンナプルナⅠ峰やアンナプルナⅡ峰は8000m級の大きな山塊であるため、太陽が出ると、日射が山腹を温め、強い上昇気流を発生します。すると、積雲の形成活動が活発になって、周辺のヒマラヤを隠しますが、アンナプルナⅠ峰やアンナプルナⅡ峰周辺の積雲活動の谷間に位置するマチャプチャリ峰周辺の積雲の発達状況は比較的弱いので、他の山々が雲に隠れてしまう頃になっても、マチャプチャリ峰だけが最後まで顔を見せてくれています(写真10の上から下へ)。
参考資料

2017年ネパール通信9

ポカラの想い出

9. ポカラの想い出

2017年ネパール通信10

コメントについて

https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/2017-2/comment-2/l

4) 各種の報告内容

今春のカトマンズ講義期間中に報告した内容は下記の通り4件です。

1)2016年11月に開催された第8回ネパール地質会で発表した「Himalayan Earthquake Museum(ヒマラヤ地震博物館)」を、3月末が原稿提出の締め切りなので、ランタン地域の調査前に提出しました。

資料

ヒマラヤ地震博物館(Himalayan Earthquake Museum)の計画

9.ヒマラヤ地震博物館(Himalayan Earthquake Museum)

2)2017年4月10~11日開催の「International Conference on Mountain Hydrology and Meteorology for the Sustainable Development(持続的開発のための山岳地域の水文と気象に関する国際会議)」の会議報告に関しては、その会議がまだ開かれていない3月15日が原稿提出の締め切りでしたので、カトマンズ到着早々に提出しました。

資料

Fushimi, H. (2015) Environmental changes of Nepal Himalaya in terms of GLOF phenomena. Proceedings of the Seventh Nepal Geological Congress, Journal of Nepal Geological Society, Vol. 50 Special Issue, 155-160.

3)今春のランタン谷の調査結果「The avalanche sediments of Langtang village and the terminal change of Khimshun glacier」を「VARSHA; Hydrology and Meteorology Bulletin, 2017」に投稿しました。

資料

2017年ネパール通信7

ランタンの旅をまとめ、ポカラへ

ネパール通信7 「ランタンの旅をまとめ、ポカラへ 」 を追加しました。

4) 4月20日に、東ネパール・ヒマラヤのマカルー峰(8463m)南のバルン谷でGLOF(氷河湖決壊洪水)が起こったという新聞記事がでましたので、カトマンズ大学のリジャンさんと極地研究所の矢吹さんおよび長年の氷河調査でお世話になっているハクパさんたちに情報提供していただき、発生地点の解明と問題点を探りました。

 

写真11 矢吹さんから送られたSentinel2画像を改変する。当初判断した1地域ではなく、2地域に洪水が起こったと解釈した。1地域内には白い破線で示す岩石氷河が谷中まで張り出しており、ホング川流域で見た右下写真のような大規模な岩石氷河と思われる。

写真12 画像取得日が(2015/5/13)を示すグーグル・アース画像と2017年5月8日のSentinel2画像の矢吹さんによる合成画像。

参考資料

2017年ネパール通信8

バルンGLOFについての緊急報告

8. バルンGLOFについての緊急報告を追加しました。

2017年ネパール通信11

バルンGLOFについての緊急報告2

11. バルンGLOFについての緊急報告2

2017年ネパール通信12

バルンGLOFについての緊急報告3

ネパール通信12(バルンGLOFについての緊急報告3)を追加しました。

5) 残された課題

最後に残された3つの課題(下記)については、帰国前のカトマンズで行うことにしています。

  • ヒマラヤ地震博物館

National Reconstruction Authority(NRA)のUnder Secretary、Dr. Bhishma K. Bhusal氏によると、博物館計画もふくむダラハラ・プロジェクト*がかなり進んでいるとのことで、その「3D design」を紹介してもらいました。3兆円規模のプロジェクトと言われるように、大規模な計画ですが、地方選挙が終了する6月には、NRAとNepal TelComおよびネパール考古局の三者で契約するとのことですので、その進展具合と課題をDr. Bhishma K. Bhusal氏と相談しようと思っています。

*Dharahara 3D design

New Dharahara At Kathmandu

2)JICAボランティアの可能性

ポカラでは、ランタン村でのヒマラヤ災害情報センター構想の実現をめざす準備活動について国際山岳博物館およびネパール山岳協会の関係者と相談しましたので、ネパール山岳協会がそのための要望書をJICAに提出したうえで、JICAのカトマンズ事務所長にボランティアの可能性について相談に行きたいと思っています。

3)大森氏の大写真のリニューアル印刷

ポカラの国際山岳博物館に展示されている大森弘一郎さんのヒマラヤの大型写真更新のためにネパール登山協会のアンツェリン会長(左)とサンタ副会長とで協議し、更新することになっていますので、ポカラでは、更新用の大型写真のサイズの計測を行ってきました。そこで、次のプロセスである印刷業者の選定が順調に進んでいるのか、確認したいと思っています。

6) その他

ポカラには友人や先輩の分骨場が設けられ*、ヒマラヤの神々の座に見守られていますので、昨年末に亡くなった友人の米道裕彌さんの石碑をくわえ、友人・先輩たちとともに供養しました。

*ネパール2014春調査報告 10 -ポカラよ、また-
亡き友人の記念碑
https://glacierworld.net/travel/nepal-travel/nepal2014/nepal2014_10pokhara2/