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水保全に関するドイツ・スイス・オーストリー三国ボーデン湖合同会議

琵琶湖における観光開発と環境保護の競合

1.はじめに

 琵琶湖は日本で最大の湖であるとともに、もっとも重要な淡水資源である。琵琶湖は日本のほぼ中央にあり、長軸(北北東-南南西)方向の長さが63.5kmで、最大幅が22.8kmである。湖の南端から16kmのところがくびれており、そこで2つの湖盆が接している。主湖盆の北湖は大きく、最大および平均の深さはそれぞれ104m、44mと深いが、小さな亜湖盆である南湖は平均の深さが3.5mと浅く、周辺地域の都市化をうけて富栄養化が進行している。全体の表面積と貯水量はそれぞれ674km2と27.5x109m3である。

 琵琶湖とコンスタンス湖は、平均的な気候条件を比べると、琵琶湖のほうがコンスタンス湖よりも暖かい(年間の表面水温が琵琶湖の6.6~25.5℃に対してコンスタンス湖では3.9~19.1℃)が、いくつかの点で共通している。両湖ともほぼ同じ大きさ(674km2に対して539km2)で、ともにかなり深い(最大の深さは104mに対して252m)。また、コンスタンス湖は自然地理学的に深い主湖盆(上部湖)と富栄養化が進んだ浅い亜湖盆(下部湖)から成り立っているので、琵琶湖と共通点がある。両湖とも、主な河川は上流の主湖盆に流入し、下流の亜湖盆から流出する。両湖は、近隣の都市や工業地域の飲料水として重要である。コンスタンス湖はドイツとスイス、オーストリアの4百万人に水を供給しているが、一方、滋賀県、京都府、大阪府と兵庫県の1千3百万の人びとは琵琶湖とその流出河川である淀川からの水の供給に依存している。両湖とも、1960年代から富栄養化が急速に進行している。従って、2つの湖の比較研究は学問的な観点から興味があるばかりでなく、それぞれの水資源と環境の合理的な管理のために役立つ。

2.湖環境に対する人間活動の影響

 琵琶湖は、古代や中世、前近代を通じて内陸の水上輸送・交通の中心であった。奈良・京都時代の首都は琵琶湖に近く、首都の繁栄は琵琶湖から輸送される食料などの品物によっていた。江戸時代(西暦1598ー1867年)には、何百もの15トン級の船が湖上を行き来していた。

 19世紀になって鉄道が敷かれると、内陸航路は急速に見捨てられ、琵琶湖は水資源としての重要な、新しい役割を担い始めた。京都へ湖水を運ぶ琵琶湖疏水が1890年に建設され、淀川を通じて供給される湖水は近代的な工業・政治の中心としての京阪神地域の都市開発に大きく貢献した。琵琶湖の水資源は1950年代の後半に始まった戦後の急激な経済成長にとってさらに重要なものとなった。したがって、琵琶湖総合開発計画(1972ー1991年度)と呼ばれる国家的な観点からの大きな水資源開発計画が始まった。近年の琵琶湖周辺では、観光やリゾート開発も著しく進んでいる。

 しかしながら、皮肉にも、琵琶湖が水資源と湖のリゾートとしてますます重要になってきたときに、琵琶湖の水質は富栄養化によって急速に悪化し始めた。富栄養化は1960年代には未処理の工業排水によって引き起こされたが、1970年代および1980年代になると、水質汚濁防止法(1970)の施行で工業排水への規制が厳しくなったため、家庭排水による栄養塩の負荷が相対的により重大になった。琵琶湖集水域の都市化と人口増加の進行もこの傾向に拍車をかけている。琵琶湖と淀川の集水域に責任を持つ滋賀県は、日本の内陸水の汚染に対して、一連の条例を施行することによって率先して取り組んできた。例えばその一つが、1980年に日本で最初に取られた有リンの合成洗剤の禁止であった。それにも係わらず、湖の水質が改善の兆しをみせていないのは、時間と経費のかかる流域下水道がなかなか進まないことと、工業拡大と人口増加が続いているからである。下水道建設以外にも湖岸の自然のエコトープ(生態系の場)の保護などの様々な手を打って、琵琶湖の富栄養化と汚染をくい止めなければならない。

3.観光開発

 琵琶湖の景観は日本の自然美の象徴である。湖と日本人の情緒的な強い結び付きははるかな昔に遡る。15ー16世紀には、中国の詩に準じて、琵琶湖の廻りの8つの風光明美な地点が近江八景の名で選定された。八景で象徴される自然美は、人間の存在を脅かすような手着かずの野生を代表するものではないが、数千年にわたる自然と湖岸の住民生活との相互作用の結果である。日本人の現在の年配の人々が育ってきた田園景観は、依然として残されており、琵琶湖周辺の景観を特徴づけている。

 琵琶湖湖岸は、自然の景観美と国の文化財としての湖周辺の歴史的景観を保護するため、1950年に日本で最初の国定公園に指定された。日本の湖国と言われる滋賀は神社や寺、有史以前の遺跡、城、庭園、仏像、陶器などの豊富な文化財で有名である。滋賀県を毎年訪れる3千万の観光客の約1/3がそれらの貴重な文化財を見ることを目的にしている。1988年に湖のスポーツを楽しみに来た観光客は全体の約10%だが、その数は年々急速に増加している。年間の観光客の23%が春に、33%が夏に、23%が秋に、21%が冬に訪れる。これらの統計は、滋賀県への観光客がいずれの季節にも6百万人は少なくともいることを示すので、滋賀県の観光産業は有望なものといえる。

 大規模な湖岸リゾートの開発は琵琶湖周辺ではこれまでのところそれほど著しくないが、これからの数年間でかなりの開発段階に進もうとしている。湖岸景観と自然のエコトープへのこれらの開発の影響を考えると、決して楽観的になることはできない。なぜならば、計画立案者はそれらの本当の価値と環境への密接なかかわり合いを必ずしも理解していないからである。

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4.湖岸管理

 琵琶湖の湖岸管理は主として2種類の行政施策に基づいている。湖環境へのそれらの影響は単純でなく、時によっては相互に相反する結果となることがある。

 まず始めに、琵琶湖総合開発計画がある。これは政府と関係府県である滋賀県や京都府、大阪府、兵庫県の行政機関が共同で行う多目的総合計画である。この計画は、一つには、下流の大都市に琵琶湖からの水の供給量を増大させるための水資源開発と、他方、洪水対策や水質保全を目的にしている。第一の目的のために、湖水位の変動幅が相当大きくなり、数年に1回程度の頻度で異常高・低水位が発生する。このような新しい状況に対処し、また洪水時に湖岸低地の浸水を防ぐために、平均湖水位からの高さ2.6mの湖岸堤が湖岸線沿いに建設されている。このことが湖岸の湿地植生をかなり破壊したため、住民の反対運動を引き起こした。一方、琵琶湖総合開発計画によって集水域の人口密度の高い地域では、下水道網と高次の下水処理施設の建設が行われ、富栄養化の制御に十分役立つことが期待されている。従って、琵琶湖総合開発計画の影響は二面的である。

 つぎに、琵琶湖総合開発計画以来、滋賀県は国と協力したり、または独自に、次のような環境政策を進めてきている。

 a)重要な自然のエコトープと美しい景観を保護する目的で湖岸沿いの私有地の購入。

  b)本来の公共の目的ための特別な場合を除き湖岸沿いの干拓の禁止。

 c)湖岸地帯の3つの管理地域区分の設定:第1地域は自然の湖岸エコトープ保全のため人工化を加えない保護地域、第2地域は自然景観が基本的には保護され、ある種のレクレーション活動が許される地域、第3地域は多かれ少なかれ自由な土地利用が許される地域である。この区分に基づいて、各地域の規制は担当機関が直接管理しているが、現状は湖岸沿いの非常にせまい地帯だけに適用されている。そのため、この様な管理原則が近隣の私有地にも拡張されることが望ましい。

 d)湖岸から一定距離内で周辺の景観と調和しない建物や建設作業を管理する、いわゆる景観条例の施行。

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5.自然保護と開発計画の競合

 水資源・観光開発と自然保護の競合はおもに次の3つの観点に表れる。
 1)観光客の増大による湖への栄養塩負荷の増大。
 2)湖岸植物群落やエコシステムの破壊または衰退による生物学的多様性と水質浄化作用の減少。
 3)自然および文化的に引き継がれてきた景観の損失または破壊。

 富栄養化を引き起こす重要な物質であるリンの負荷に関しては、家庭系排水が年間の総負荷量1501kg/日(1985年)の37%を占めているが、そのうち観光客の占める割合は10%以下である。しかしながら、近い将来大規模なリゾート開発が行われると、ほとんどのリゾート地域は公共下水道のない郊外にできるので、湖への栄養塩負荷の重要な原因になる可能性がある。

 湖岸の湿地帯の植生を保護しようとする住民の抗議に答えて、ヨシやヤナギ、ハンノキなどを堤の前面に残すよう、湖岸堤の設計が変更された。ヨシ帯の回復もまた人工的な植栽によって試みられているが、保存または回復地域は湖岸堤建設によって失われた面積よりもはるかに少ないのが現状である。さらに、開発設計者が親水性の公園景観に変えるため、湖岸湿地の森林や低木林地帯を狭くしがちなことが、湖岸植生に悪影響を与えている。ヤナギやハンノキが残されている地点はこのようにして破壊されようとしている。計画者と住民、社会に対して自然湖岸のエコトープとその機能の価値を理解してもらうために、さらなる努力が必要である。

 景観設計には慎重な決定が必要とされるが、誰にでも受け入れてもらう決定をするのは難しい。それにもかかわらず、湖岸景観の望ましい設計に関していくつかの基本的な原則があるべきである。たとえ洪水や侵食に対する湖岸線の保護のために人工的な構造物が必要なときでさえも、湖岸湿地の重要性は言うまでもないことで、当地のコンスタンス湖で注意深く行われているように、湖岸の連続的な緑地帯の後背地に目だたないように配置することが望ましい。湖上の船からの景色は湖の顔であるので、できるだけ自然に、そして美しく保全すべきである。

 南湖の都市化した湖岸景観は調和が取れているものとは言えない。残念ながら、工場さえも含む様々な建物が湖岸をびっしりと無秩序に占有している。北湖のそれほど都市化していない湖岸でさえも、日本式や西洋式などの各種のリゾートホテルやレストラン、別荘などが急速に進出している。常夜灯や石垣のある伝統的で、魅力的な文化景観は現代的な構造物によって不注意にも置き換えられることが頻繁に起こっている。その様な状況では、滋賀県の景観条例に多くを期待するのはなかなか難しいようだ。

 日本人の大部分は依然として経済中心で、開発志向だが、共通の社会的財産としての自然美と調和した景観を保全しようとする意識は、ゆっくりとではあるが成長し始めている。はたして、われわれの見方・考え方が成熟するまで、しばらくのあいだ待つべきだろうか、それとも、われわれの見方・考え方の成長を早めることができるだろうか。