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6.上昇速度

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水平に堆積したと考えられる第四紀の湖成層が約20度も傾斜した構造を示したり、同じく氷河が作ったモレーンが南北性の断層によって切られていることがネパールで観察されている(文献17)。これらのことは、比較的最近の時代になってもヒマラヤの地域はその動きを休めてはいないことを示している。
ヒマラヤ地域を東西に走っている衝上断層帯は、ヒマラヤ山脈が南側のインド亜大陸に対してのし上がる運動を示す構造である。この運動によって、もともと低かった下流側の河岸段丘面やU字谷が上流側よりも高く変位していることが報告されている(文献18、40)。
これらのことは東西方向や南北方向などに発達する断層の動きがヒマラヤ山脈の上昇と関係することを示している。それではヒマラヤ地域の上昇速度はどのくらいになるのであろうか。
ボーデは東ネパールのアルン川の下方侵食量が一万五000メートルになると報告している(文献19)。ヒマラヤ山脈周辺の海成層(テーチス海堆積物)には新生代後期(約1500万年前)よりも新しい地層が見られないことから、ヒマラヤ山脈は約1500万年前から陸化し始めたと考えられている(注5)。すると、単純に上記の侵食量(一万五000メートル)を陸化し始めてからの時間(1500万年)で割るとヒマラヤ山脈の平均上昇速度は年に一ミリとなる。この値はあくまで平均的な上昇速度の目安を示すにすぎないだろう。なぜなら時代によって上昇速度は変化したであろうし、また地域によって上昇速度は異なっていた、と考えられるからである。
地域的な上昇運動の違いについて、在田は西ネパールより東ネパールがより大きく上昇していることを述べている(文献20)。またパンジャブ・ヒマラヤのナンガ・パルバード峰周辺の方がネパール・ヒマラヤ周辺よりも造山帯の深部構造が表面まで出ていることから、ヒマラヤ地域を広く見ると東部ヒマラヤよりも西部ヒマラヤの方が上昇量が大きい、とする見方もある。
数万年前から現在までの上昇量が日本アルプスや六甲山地で数百メートルであるのに対して、ヒマラヤ山脈では一ケタ多い1500~1600メートルと見積もられている(文献21)。このことはヒマラヤ山脈の比較的最近の平均上昇速度が年間数センチ以上という大きな上昇速度の見積もりとなってくる。地球上の現在の大山脈群は一般に新生代後期から上昇し始めたのにかかわらず、ヒマラヤ山脈の平均高度が他の山脈のそれよりもはるかに高いことは、侵食量を一定とすると、まずもってヒマラヤ地域の上昇量が他地域に比べて大きいことを示している、といってよいだろう。
ある場所の高度変化はその地域の上昇量と侵食量とによっている。ヒマラヤ山脈の侵食量が他の山脈に比べて大きいとすると、世界最高峰を含むヒマラヤ山脈の上昇速度もまた他地域に比べてさらに大きいものとなるであろう。ヒマラヤ山脈の侵食量の大きいことは、モンスーンの降水量が多いことや周氷河現象が著しいことから十分に考えられるだろう。樋口は「エベレストの高さ約9千メートル、圏界面の高さ約一万メートル。ざっと似た値である。・・・・造山運動によってじわじわと盛り上がってきたヒマラヤの高峰はこの圏界面のはげしい風化作用で削られる。だからエベレストは圏界面よりも低く8848メートルなのではないか。もし圏界面がもっと高かったらそれに応じてエベレストも今よりずっと高いかもしれない」と述べている(文献22)。これらの垂直方向の動きに対して、ヒマラヤ地域とインド亜大陸との南北方向の水平の動きはどうであろうか。