3.調査報告 セティ川洪水とマディ川氷河湖洪水
ポカラ周辺のセティ川の洪水とマディ川の氷河湖決壊洪水(GLOF)の調査を2012年5月13日~23日まで行った(写真1)ので、その概要を報告する。
今回の現地調査は2003年と2005年に氷河湖決壊洪水(GLOF)が発生したと報告(資料1)されているアンナプルナⅡ峰南面のマディ川上流部を考えていたが、2012年5月5日にポカラを流れるセティ川に洪水が押しよせてきた(写真2)ので、まずセティ川上流部の洪水調査するように変更した。この洪水の原因は雪崩(資料2)や堰き止め湖の崩壊(資料3)、さらにGLOF(資料4))などとも報告されているが、今回の洪水を特徴づける大量の泥水が長期間流出したことがいわゆる雪崩や堰き止め湖の崩壊、さらにGLOFの状況と異なるのではないかと考え、その原因調査を行った。また、マディ川のGLOF報告の場合は、日本で収集した情報では氷河湖が見つからなかったことに加えて、資料1の執筆者は現地調査をしていないようなので、はたしてGLOFなのか、を見極めたいと思って計画を立てた。
セティ川洪水の発生当初は泥流状態で、波状的(8回以上)に泥流(資料4)が発生したようです。その後も継続的に、少なくともセティ川現地調査の5月15日までは褐色の泥質の流れが続き、洪水発生後10日間たっても従来のいわゆるグレーシャー・ミルクの流況を取り戻すことはなかったことが、この洪水の基本的な性格を物語っているのではないか、と考えている。
調査最終日の5月23日(洪水発生から18日目)にポカラに戻ると、セティ川は泥質の流況はみられなくなったとはいえ、一見どろんとしたクリーム・スープのような、粘土物質を多量に含む濃い灰色の流れに変わっていた。セティ川は、まだまだ、かつてのグレーシャー・ミルクといわれる清涼な流れには戻っていない。4) マディ氷河湖洪水
ランドサット画像(写真5)を見て、はじめて、マディ川上流域に氷河湖があることが分かったので、Sikles村から調査7日目に地図上のGapcheの地点にある岩屑に覆われた(D型)氷河・湖に到達した。氷河・湖を眺める右岸モレーン(湖面からの比高は約50m)の位置は、GPSによれば、北緯28度26分49.09、東経84度06分48.39、高度2557m。
この周辺の森林限界高度はマナスル峰南西のツラギ氷河湖地域と同様に約4000m付近なので、(Gapche)氷河末端と湖面は森林帯にあり、森林限界よりも1500mも下っている。クンブ地域の氷河・湖は森林限界以上に位置するが、マナスルのツラギ氷河湖末端はダケカンバの森林限界に接している。そこでまず(Gapche)氷河・湖を見た第1印象は、ネパールでも最低位置に存在する氷河・湖の部類ではないか、ということであった。
Sikles村民によれば、15年前には氷河湖はなく、資料1と同様に、2003年と2005年に氷河湖の決壊洪水が発生した、と言っていることから考えると、2000年前後から(Gapche)氷河の末端部が融解し、氷河湖が形成された、と推定できる。しかも、資料1では報告されてはいないが、2009年にも、洪水が発生したことをSikles村民は述べている。これも、おそらく、GLOFであったろう。はたして、(Gapche)氷河湖(資料1ではKabache Lake と表記されている)のGLOFはどのようにして発生するのであろうか。まず考えられることは、とにかく、高度7000m周辺の氷河の崩壊が(Gapche)氷河を涵養していることから、仮に大崩壊が起こるとすれば、直接氷河湖に達し、大[津]波を発生させ、モレーンを破壊し、GLOFをひきおこす要因になるであろうことは容易に推察できる。クンブ地域のラグモチェ(ディグ)GLOFとも共通する要因がある、と解釈できる。温暖化の進行とともに氷河や岩壁の崩壊が進む可能性は大いにあるので、このようなGLOFは多発するのではないか、と危惧される。この種のGLOF発生機構は、言ってみれば、いわば“水鉄砲”のようなもので、高度7000m周辺の氷河や岩壁の大崩壊によるエネルギーで、氷河湖水が鉄砲水のように押しだされて洪水を発生させるイメージといえよう。(Gapche)氷河・湖地域を離れた調査8日目に、アンナプルナⅡとラムジュン・ヒマールの峰々に囲まれた高度約7000mの氷河が崩壊した雪崩を見ることができた(写真8;写真上部左のピークがアンナプルナⅡ峰)。なお、写真8では雪崩の雪煙が淡く、やや見分けることが難しいかもしれないので、この地域で撮られた雪崩のビデオ(資料6)を見ることをお勧めする。
5) 写真
1 調査ルート図(グーグルアース画像へのGPS軌跡)
2 ポカラのセティ川の洪水流(5月5日、ラム・ガートにて)
3 洪水被害にあったセティ川のSantal村(5月14日)
4 Santal村民とともにセティ川最上流のJimerbari村方面を望む(5月14日)
5 セティ川上流部の衛星画像(Copyright USGS:写真中のSはセティ川、Mはマチャプチャリ、AⅢとAⅣはアンナプルナⅢ峰とⅣ峰) 5-1 Landsat7 2011Dec31 path142 RAW40、 5-2 Landsat7 2012Apr20 path142 RAW40、 5-3 Landsat7 2012May06 path142 RAW40
6 マディ川上流のGapche氷河涵養域(5月19日)
7 Gapche氷河と湖(5月19日)
8 アンナプルナⅡ峰の氷河からの雪崩の雪煙(5月20日)
6) 資料
1 Glacial study in Madi watershed with special reference to GLOF of 2003
Manoj Kr. Ghimire, Shreekamal Dwivedi, and Subhrant K. C., p48
Nepal Geological Society, ABSTRACTS,
Fifth Asian Regional Conference on Engineering Geology for Major Infrastructure Development and Natural Hazards Mitigation, 28–30 September 2005, Kathmandu, Nepal
2 Seti Floods: 13 bodies found‚ 3 foreigners among dead
http://www.thehimalayantimes.com/fullNews.php?headline=Seti+Floods%3A+13+bodies+found+3+foreigners+among+dead&NewsID=330794
3 Flash flood in Nepal causes loss of life and property
http://www.icimod.org/?q=7122
4 A Glacier Lake Outburst Flood (GLOF) in Pokhara, Nepal (Full HD Video)
5 13 dead, over 36 missing in Seti flashflood
http://www.myrepublica.com/portal/index.php?action=news_details&news_id=34672
6 Avalanche Annapurna II Valley, Sikilis Nepal
7) 謝辞
今回の調査報告にあたり、矢吹裕伯氏からは写真5を提供していただきました。また、小森次郎氏と加納隆氏からも貴重な画像を送っていただくと共に、さらにメイルでは、たくさん方々からご意見をお寄せくださり、大いに感謝する次第です。
8) 追記
1) マチャプチャリBC?
当初のセティ川洪水のニュースでは、発生地点がマチャプチャリBC付近だとの住民情報があり、いくつかあるBCに加えて、新たなマチャプチャリBCがセティ川上流にもできたのかも、と思っていましたが、今回到達したセティ川最上流地域にはマチャプチャリBCはありませんでしたので、その点、今回のメイル第1報を訂正します。
2) 5月の夕立とヒル
調査期間中の夕方から夜にかけての雹をともなう夕立のことはすでに述べましたが、そのため午前中までは地面が濡れているので、ヒルには悩まさ、今も足にヒルにやられたかゆみが残っています。プレの5月中旬にヒルにやられるなんて、初めての経験です。とにかく、雹をともなう夕立による豪雨が印象的で、古希を過ぎた体にはかなりの試練でしたが、そのかいあって、ボタンの穴が2つ縮まった調査行でした。それにしても、5月の激しい夕立などの気象現象も温暖化の仕業とすれば、当然、氷河環境にも大きな影響をおよぼすことでしょう。
3) 今後について
これからの予定はポカラにあと2週間ほどいて、国際山岳博物館の展示更新やポカラの観測基地(宿舎)の引っ越しをおこない、6月中旬はカトマンズで残務整理を済ませ、6月下旬にはマレーシアのマラッカとコタ・キナバルで静養して、帰国します。帰国後は、セティ川洪水やマディ川GLOFの堆積物分析なども手がけてみたい。
4) 最後に
今回の調査報告は概要程度で、不十分なものですが、いずれ時間をかけてまとめてみたいと考えています。そこで、みなさまからのご意見・ご指摘をぜひ参考にさせていただきたいと思っていますので、何卒よろしくお願いいたします。それでは、皆さま、ナマステ!