ヒマラヤ地域の南北方向の区分としてはガンサーなどの区分のほかに、ワディヤは地質学的および地形学的特徴からインナー・ヒマラヤ(チベット・ヒマラヤ)、グレート・ヒマラヤ(ヒマラヤ山脈)、レッサー・ヒマラヤ(マハバラート山脈とミッドランド)、アウター・ヒマラヤ(シワリーク丘陵地)と分けている(文献34)。
ネパール・ヒマラヤの河川系は、ヒマラヤ地域の南北方向の地形区分をよく示している。ネパール・ヒマラヤ東部のアルン川周辺地域を例にとると、この地域の河川は水源地を①トランス・ヒマラヤ(主分水嶺)、②ツァンポー河との分水嶺となる山地(インナー・ヒマラヤ)、③ヒマラヤ山脈の主稜(グレート・ヒマラヤ)、④ネパール中央部の丘陵地(ミッドランド)、⑤マハバラート山脈、⑥シワリーク丘陵地にもつものに分類することができる(図4)。
ヒマラヤ山脈の主陵が主分水嶺となっていず、主分水嶺はトランス・ヒマラヤに位置している。このことは主分水嶺起源の河川の歴史がヒマラヤ山脈の上昇の歴史よりも古いことを示している。
これらの水源地となっている山地はいずれも東西方向に延びており、それぞれに地質学的特徴など特有な自然を持っている。ネパール・ヒマラヤの場合を南から見ていくと、⑥のシワリーク丘陵地は礫岩や砂岩からなり、新生代後期のヒマラヤ地域の上昇によって侵食された物質が堆積した地層である。ここは野生のトラ、サイ、ゾウなどが生息する熱帯である。⑤のマハバラート山脈は、結晶片岩、片麻岩などの変成岩と花こう岩でなりたっている。ここは二千メートル級の山脈をなしており、この山脈の南側では年間降水量3000ミリを超える所がある。④のネパール中央部丘陵地は、砂岩、石灰岩、珪岩、千枚岩、粘板岩、結晶片岩などからなる。この地域はネパールでも人口密度の高い丘陵地となっており、段々畑が展開し、最も人間の手が加わった自然となっている。③のヒマラヤ山脈の主稜は、片麻岩、混成岩、花こう岩、結晶片岩などと化石を豊富に含むテーチス海堆積物の石灰岩や粘板岩が分布し、八千メートル級の世界最高の山々がそびえている。この地域の年間降水量は500~1000ミリで、急峻な地形に岩屑を多くもつ氷河が見られる。②のインナー・ヒマラヤは幾つかの八千メートル峰の頂上に見られる岩石と同様に、化石を含む石灰岩、頁岩、砂岩などからなっている。この地域はチベット高原の南縁をなしており、ゆるい地形面上に氷河が見られる。①のトランス・ヒマラヤ南面には七千メートル峰があり、ヒマラヤ地域でも最も乾燥した気候条件が見られる。この地域には大規模な花こう岩が分布するが、聖山カイラスの頂上部は第三紀の礫岩層からなるヒマラヤ地域でも特異な山として知られている。ヘディンは、「トランス・ヒマラヤの峠はヒマラヤ山脈のそれより五百メートル高い。トランス・ヒマラヤは流出口を持たぬ高原と、大洋との間の分水界になっている」と述べている(注8)。
ヒマラヤ山脈に平行した東西性の断層帯がシワリーク丘陵地とマハバラート山脈の間(主境界断層群)と、ヒマラヤ山脈の基部(主中央衝上断層群)と、トランス・ヒマラヤとインナー・ヒマラヤとの間(インダス・ツァンポー縫合線)に見られる。
このように河川系から見た地形区分がそれぞれに気候や生物的特徴などとともに地質学的特徴をもっているということはヒマラヤ山脈が現在でも上昇している若い地形であることを示している、と考えられる。
シワリーク層上部に見られる礫岩層は、マハバラード山脈の南面沿いに東西に広く分布している。ところが、現在の河川系はマハバラート山脈の北側でせき止められ、幾つかの特定の地点でマハバラード山脈を切っている。したがって現在ヒマラヤ山脈から侵食され運搬された物質は、シワリーク層上部の礫岩層の分布のように東西方向に連続した分布をとることはない。ハーゲンはヒマラヤ山脈から南下するスン・コシ川の各支流はかつてはマハバラード地帯を切って南下していた、と述べている(文献30)。このことはヒマラヤ山脈の上昇よりもマハバラード山脈の上昇の方が新しい時代におこったことを示している。そして、前にも述べたように主分水嶺の方がインナー・ヒマラヤやヒマラヤ山脈よりもその上昇の歴史が古いといえるので、ヒマラヤ地域の上昇プロセスを見ると北から南へ、つまり主分水嶺、インナー・ヒマラヤ、ヒマラヤ山脈、マハバラード山脈そしてシワリーク山脈の順に上昇の歴史が新しいことを示している。