8.ヒマラヤの地理的概念
ヒマラヤの高地に住む人たちは畑作の上限で生活しており、限界条件での彼らの農業と牧畜とは厳しい自然条件への適応と彼らの創意工夫によっている。クンブ地域のシェルパの人たちのじゃがいも栽培で感心させられるのは、三種類のじゃがいもを低地から高地へと植え分けていることである。三種類のじゃがいもとも全部が豊作となることはめったにないが、全部がだめになるということもないとのことだ。天候の変化が激しい場所ならではの栽培法といえるだろう。ここでは、人間は自然に対立するものとして存在することはできない。人間は自然に働きかけているとともに、人間も他の生物と同様に自然を巧みに利用し、その一部を構成している、といえよう。ここで述べるヒマラヤの自然史の中には人間をも含む生物の歴史も重要な位置を占める。私は“ヒマラヤ的”なるものの意味として、自然と調和した人間生活をも加えたいと思う。だから“ヒマラヤ的”なるもののイメージの中に夏の放牧小屋で生活するチベット人やヤクなどの家畜動物、ラマ教の祭典、そして日本の追分節に似た彼らの民謡などが含まれてくるのだろう。私たちが心にいだくヒマラヤ観の奥底には、チベット文明を中心とする周辺地域の諸文明への知的好奇心もあるのではなかろうか。