2.阿嘉島臨海研究所滞在見聞録(2)
貴研究所に宿泊させていただいた2007年4月3日から6日に、阿嘉島で実地調査したことや見聞きしたことをもとに考えたことを報告します。
1)漂着ごみ
5月1日の“みのもんた”さんの“朝ズバッ!”で慶良間列島の漂着ごみ問題が放映されていました。ごみには中国産のものが多く、ついで日本と韓国のものが漂着しているそうです。地球温暖化や酸性化などと同様に、漂着ごみの現象も少なくとも東アジアにかかわる広域的な地球環境問題化しているのを実感しました。中には血のついた注射針もあるとのことで、大変危険です。今回の滞在中には岩尾さんに案内していただいた阿嘉島のクシバル浜などの漂着ごみも放映されていましたので、まさに“みのもんた“さんが「ほっとけない」と言う指摘に同感しました。
漂着ごみの卓越するところは、前回の阿嘉島臨海研究所滞在見聞録(伏見,2007)に書いたさんご礁周辺の「接岸流と離岸流」現象からみると、接岸流の影響が大きい地域になるのではないでしょうか。岸に押しよせる接岸流にのって、目に見える漂着ごみとともに海水に溶け込んだ目に見えない汚染物質も運ばれてきますし、また高温の表層海水が沿岸部に集積し、昇温化をまねくことはさんごの保全にとっては水質・水温環境の悪化をひきおこす“ほっとけない”テーマになると思います。貴研究所のさんごの移植・増殖実験が行われているマジャノハマ周辺は漂着ごみが比較的少ないのを見ると、接岸流よりも離岸流の影響が大きいと考えられ、したがって水温の高い表層水が沖に向かう際に冷たい下層水の湧昇流による低温化の影響で白化現象が抑えられ、水温環境からみてさんごの成育にプラスに作用している可能性もあるのではないかと想像しています。阿嘉島のさんご礁の大部分が昇温化による白化現象(やオニヒオトデの影響)などにより死滅していることを考えますと、単に外国産のごみだけでなく、日本産のごみもかなり多いことにも留意した対策が必要になります。
私が退職した滋賀県立大学では「琵琶湖のごみ」を卒業論文のテーマにする学生がかなりいます。琵琶湖の卓越風は西風ですので、漂流するごみは琵琶湖の東岸にある彦根市の県立大学近くの湖岸に集積します。卒論結果を見ますと、大学周辺の約1キロの湖岸で集めた約4.5万個のゴミのうち3万個をプラスティックごみが占めていました。プラスティックごみは水に浮きやすいので、ヨットのように風に流されて漂着するのでしょう。そこで、最近話題になっている分解性プラスティックが新たな課題になっています。漂着してきたたくさんのプラスティックごみが分解するようになると、その成分が水に溶けだすため水質環境の悪化をひきおこすのです。分解性プラスティックは技術的成果の1つでしょうが、分解性プラスティックが環境中に排出されると、新たな環境悪化が発生しますので、日本およびアジア各国にまたがる発生・排出源対策が重要になることは大森所長が言われる予防原則(大森・ソーンミラー,2006)からみても明らかです。
ただ、観光が重要な産業である座間味村にとっては予防原則の効果を待ってもいられないので、新聞でも報道されたように「入島税100円で環境保全、沖縄・座間味村が導入を検討」する事態になっているとのことです。2001年から漂着ごみの清掃と調査を行っている宮古島市立池間中学校が池間島の海岸に漂着するごみの調査や美化活動で評価され、環境大臣賞を受賞していますが、地元の方々の努力は大変なことだと思います。沖縄タイムズによると県内38の有人離島の海岸に、推計で1年間に約6万個、1700キログラムのごみが漂着しているため、県土木建築部は「海浜地域浄化対策費を計上しているが、廃棄物処理施設の整備などで各市町村だけでは十分対応できない」と頭を抱えているそうです。財政状況の厳しい座間味村の村長さんが「素晴らしい自然環境の村を、国民の癒しの場として維持するには、どうしてもお金がかかる」と言われるのも納得せざるをえないのではないでしょうか。
滋賀県立大学ではごみ問題にも興味を持つ学生の1つのグループ、滋賀県立大学グリーン・コンシューマー・サークルが環境への負荷の少ない物品等を優先的に購入するグリーン購入について優れた取組を行う団体を表彰する環境省の第8回グリーン購入大賞を2006年2月に受賞しました。「Think globally, act locally.」とは1980年代から世界の政治家をも巻きこむ地球環境問題の議論の中で良く言われている標語ですが、私は逆の発想が重要だ、と考えています。つまり「Act locally, think globally.」です。分解性プラスティックに関しては、環境中に排出しないために「Act locally」の視点から地元での土壌分解・浄化を行い、畑の植物などに還元することが必要です。私はグリーン・コンシューマー・サークル以外にも、滋賀県立大学の環境サークル、フィールドワーク・クラブ、ジオサイエンス・クラブなどの環境問題に熱心なクラブ活動の顧問をやりながら学生とともに、また地元の「犬上川を豊かにする会」では住民や行政の担当者とともに「Act locally, think globally.」の視点で具体的な環境課題の解決策を私たちは話し合ってきました。
2)阿嘉島の変動地形
上述の阿嘉島臨海研究所滞在見聞録(伏見,2007)で紹介しましたように、阿嘉島は慶良間列島の「沈降性島弧の一部を形成している」(木崎,1992)とのことですが、阿嘉島南部や慶留間島の海岸に見られるキノコの形をした岩は沖縄本島の平和の礎周辺の海岸にも見られるものと共通し、隆起している地形を示すものとの印象をもちました。那覇で木崎さんにうかがったことによると、沖縄本島では地盤が上昇する南部にキノコ岩が分布し、北部は沈降地形のため見られないとのことです。そもそもキノコ岩の形成要因としては、1)地形上昇と2)海水位低下が考えられますが、温暖化による氷河融解で海水量の増大と水温上昇による海水の体積膨張が進行する中では2)の要因の可能性は少ないので、キノコ岩の存在は地形上昇の効果のほうが現在進行中の海水位上昇よりも大きいことを示すと解釈できます。
そこで今回は、岩尾さんに案内していただいたクシバルからクンシへの海岸で、石灰化しつつある(した)現在の海岸部とそれより比高が1mほど高い石灰化した旧汀線部の2つのテラス地形を観察しました。この2つのテラス地形はマジャノハマにも分布していますし、岩尾さんによると、クバマにもあるとのことです。石灰化の状態は、海岸の角礫岩を石灰質の細粒物質が充填しているものですが、部分的にさんご(岩尾さんによるとカメノコキクメイシ)がふくまれています。そのことは、生きているカメノコキクメイシが石灰化の進行する現汀線部に散在しているのを見ることができることからもうなずけます。
つまり、比高が1mある旧汀線部と現汀線部の2つのテラスの存在と、両者の間に形成されているキノコ状の岩は最近の海岸部の上昇を示していると考えられます。いわゆるキノコ岩の傘の頂上部分は旧汀線部、基部が現在の汀線部にあたりますので、上記の石灰化した両テラスはまさに地形上昇の証拠になると解釈できます。したがって、沖縄本島南部と同様に少なくとも阿嘉島南部や慶留間島の一部は上昇している可能性があると考えられます。
この報告を書いていましたら、「25日午前5時53分ごろ、沖縄県久米島町、座間味村で震度3を観測した」との沖縄本島近海を震源とする地震があったとの報道がありました。ヒマラヤや琵琶湖などでも、地震の際に地盤変動が起こりますので、今回の地震で阿嘉島の地形にも変化が現れたかもしれません。
3)結びにかえて
阿嘉島滞在期間中は4月初めの満月・大潮の時期のあたり、海水位の低下した海岸で、通常は水面下に分布するため見にくい石灰化しつつある(した)現在の海岸テラスが陸化していたので、その地形的特徴を良く見ることができたのは幸いでした。しかしながら、今回の現地調査はクシバルとマジャノハマ周辺のみでしたので、上記の2つのテラス地形やキノコ岩などの広域的な分布特性を明らかにしたいと思っています。そこで、次回はできればカヌーなどの利用による阿嘉島全海岸の観察に加えて、慶留間島や外地島周辺でも石灰化した2つのテラス分布とキノコ岩などの地形的特徴をまとめることにあわせて、漂着ごみと接岸流・離岸流などとの関連を上述したさんご礁の保全の観点で見つめていきたいと希望しています。
阿嘉島滞在中は貴研究所の多くの方々が出張中にもかかわらず、いろいろとお世話いただき誠にありがとうございました。とくに岩尾さんに案内していただきました現地フィールドワークでは、阿嘉島の変動地形や漂着ごみなどに関する視察ができたことに加えて、温暖化で串本海中公園センターにまで分布をひろげたリュウキュウキッカサンゴを貴研究所のさんごの移植・増殖実験が行われているマジャノハマで教えていただき、心から感謝いたします。さらに今回も、上林さんのすばらしい料理でおもてなしをしていただき大いに感激したしだいです。
それでは、大森所長はじめ、みなさまのご研究の成果が実り豊かなものであることを祈念して、今回の報告とさせていただきます。
参考文献
大森信・ボイス=ソーンミラー(2006)海の生物多様性.築地書館、東京,230pp.
木崎甲子郎(1992)慶良間諸島の生い立ち.みどりいし,(3),1-2.
伏見碩二(2007)阿嘉島臨海研究所滞在見聞録.みどりいし,18,31-33.