AACH備忘録(5)-World’s Highest Ice Core-
渡辺興亜さんと私は、1978年10月18日にクンブ氷河の最上流域のサウス・コル近くまでの航空写真撮影調査を行った。飛行機はピラタス・ポーターで、キャプテンはスイス人のウィックさん。 偏西風の強い高度8千メートル、エベレストとローツェ、ヌプツェ各峰に囲まれたクンブ氷河上流域のウエスターン・クーム盆地上空の谷間を飛行できたのは彼をおいて他にはいないであろう。帰路はベースキャンプのフランス・ドイツ隊のテントを見て、この撮影調査の基点になったシャンボチェ飛行場を目指したのも懐かしい思い出である。
そのウエスターン・クーム盆地で、植村直巳さんが1980年にエベレスト峰の厳冬期登山を試みた時に、隊員であった吉田稔さんはアイス・コアーをキャンプ1(12月15日と16日;6,100m)とキャンプ2(12月23日~25日;6,400m)で採集した。まさに”World’s Highest Ice Core”であったのである。その貴重な試料を千葉大学の 竹内望さんが解析した記事が2020年7月22日の毎日新聞夕刊に出たのを見て、吉田さんに下記(1)メイルを送り、アメリカ隊がクンブ氷河最上流部の高度8,020mのサウス・コルでアイス・コアーを採集し、吉田さんの”World’s Highest Ice Core”の記録を塗り替えたことを示す2020年6月17日のナショナルジオグラフィック・マガジンに報告された記事と、隊長のDr. Paul Andrew Mayewskiさんとのやり取りを伝えた。
ただ、ここでまず指摘しておきたいのは、下記のアメリカ隊のサウス・コルでの採集地点の写真を見ても分かる通り、握りこぶし大の岩石が散在していることは、ヒマラヤ上空の強い風の影響を如実に示しているので、吉田さんのウエスターン・クームの試料解析と同様に、ヒマラヤのアイス・コアー解析にあたっては、積雪を形成したヒマラヤ特有の強風の影響を考慮しなければならないであろう。さらに、アイス・コアー解析に関係するクンブ地域の積雪の堆積環境のその他の特徴については、(5)まとめのなかで述べる。
(1)吉田さんへのメイル
FUSHIMI Hiroji 2020/07/22 (水) 16:25
吉田さまーーー伏見です
東京のすさまじいコロナ禍下、いかがお過ごしでしょうか。さて、毎日新聞で大兄のアイス・コアーの記事を見ました。見出しだけの有料記事で、詳しい内容は読めませんでしたが、エベレストのアイス・コアーについては1か月前のNatGeoに下記1)の記事が出ていましたので、隊長のMayewskiさんに2)の祝賀メイルを送ったところ3)の返事が来ました。大兄たちのウエスタン・クームと彼らのサウス・コルの結果を比較したら面白いでしょう、ネ。とりあえず、報告まで!
1)How scientists turned the world’s highest mountain into a climate laboratory
https://www.nationalgeographic.com/science/2020/06/how-scientists-turned-worlds-highest-mountain-into-climate-laboratory-perpetual/?cmpid=org=ngp::mc=crm-email::src=ngp::cmp=editorial::add=Science_20200617&rid=B43F24C02F5974696AE2DA20D44943D8
A diverse array of experts braved the elements on Everest to unlock clues to our planet’s dramatic warming.
Dr. Paul Andrew Mayewskiさん 吉田さんのC2でのボーリング風景
2)FUSHIMI Hiroji 2020/06/18 (木) 10:57
Dear Dr. Paul Andrew Mayewski
First of all, I must express my hearty congratulation for your success to get the world’s highest ice core, as I have read the recent National Geographic Magazine and I noticed the great scientific record.
Since I was a member of Japanese Glaciological Expedition to Nepal from 1973 to 1978, I have noticed your important article,
“Himalayan and Trans-Himalayan glacier fluctuations and the South Asian monsoon record. Arctic and Alpine Research, 12, 2, 171-182”
that very much influenced my works on glacier fluctuation and glaciation of the Nepal Himalaya.
After I retired from Japanese University, I worked for the International Mountain Museum as a curator and the Kathmandu University as a visiting professor, I still work for the Nepalese people who helped me when we made a glaciological observation since 1973 and I was a member of Japanese Skiing Expedition to Mt. Everest in 1970.
Finally, I hope your new report on Himalayan glacier fluctuation will be published as soon as possible after analyses of the great core collected from the South Col of Mt. Everest.
Sincerely Yours Hiroji Fushimi
3)Paul Mayewski <paul.mayewski@maine.edu> 2020/06/18 (木) 21:25
Dear Dr. Fushimi Hiroji – thank you for your kind words. I am very familiar with your work too and I thank you for your contributions. We have been privileged to conduct our research in such an amazing area.
With best wishes. Paul
PS
竹内望さんたちが解析したとのことですので、彼にもこのメイルを転送してください(彼のメイル・アドレスが分からないので、よろしくお願いします)。
(2)吉田さんからの返事
hks YOSHIDA Minoru <yoshida@hakusan.co.jp> 2020/07/22 (水) 17:29
伏見さん
CC:竹内さん、藤井さん
メールありがとうございます!毎日新聞の記者が結構丁寧な取材をしてくれた記事です。
竹内さんが40年前の氷を解析をして、藤井さんも加わって論文化してくれました。植村さんに義理を果たして、ほっとした思いです。これから出かけるので、あとでまたメールします。
取り急ぎ、感謝です!
吉田稔 白山工業株式会社 https://www.hakusan.co.jp/
(3)竹内さんからの返事
Nozomu Takeuchi <ntakeuch@faculty.chiba-u.jp> 2020/07/22 (水) 17:37
伏見様
ご無沙汰しています.千葉大の竹内です.NatGeoの記事をありがとうございました.
さすがポールですね,サウスコルまでいってコアをとってくるとは.たしかに,比較できたら面白いですね.ちょうど論文にこれからコアをとって比較できたらいろんなことがわかるのでは,と書いたところでした.
新聞記事のコピーをおくります.先ほどコンビニで買ってきました.
竹内望
(4) 植村さんの奥さんが喜んでいたことを知らせたメイル
FUSHIMI Hiroji 2020/07/22 (水) 17:55
みなさまへーーー伏見です
植村公子さんに伝えたら大変喜んでいました。サウス・コルとの比較研究を期待しています。
(5)まとめ
冒頭で、ヒマラヤのアイス・コアー解析にあたっては強風の影響を考慮する必要があると指摘したが、その一つの例として、ナムチェ周辺のギャジョ氷河の堆積環境変化に関する下記の報告を述べてまとめとしたい。
記
Fluctuations of Sedimentary Environments of the Gyajo Glacier, Khumbu Region, East Nepal
Hiroji Fushimi, Koukichi Kamiyama, Kouichi Kitaoka and Kouichi Ikegami
Annals of Glaciology, International Glaciological Society, 1985, 6, 258-260.
上図の左の写真はギャジョ氷河涵養域の積雪崖の写真で、何層かの連続した積雪層と積雪層が欠損していることを示す不連続構造、つまりハイエータス(無堆積物期間)が認められる。上図の中の図はそれぞれの積雪層の厚さとハイエータスの位置を示すが、問題はハイエータスの期間である。1960年代まで続いた各地域の核実験で放出されたトリチウム量の半減期約12年は短いとはいえ、1970年代のヒマラヤの積雪試料には解析可能なトリチウム量がまだ残留していたので、積雪の年代決定のために、ギャジョ氷河の積雪試料のトリチウム量を分析し、核実験があった積雪層の年代を決定し、ハイエータスの期間を推定したところ、上図の右の図(積雪層のトリチウム量と積雪層年代)が示すように、最上部のG積雪層は1972年~1975年の積雪で、その下位のF積雪層が1961年~’1968年の積雪層なので、両積雪層に挟まれるgハイエータスの期間は1969年~1971年の3年間であることが分かった。つまり、ヒマラヤの積雪層の解析にあたっては、積雪が連続的に堆積するのではなく、堆積しても吹き飛ばされたり、堆積した積雪が解け去ったりするので、積雪層中には数年間のハイエータス期間が介在することに留意しなくてはならない。そのハイエータスの要因は、冒頭で述べたヒマラヤの強風による積雪層の浸食作用、および堆積量よりも融解量が大きくなる質量収支(マスバランス)がマイナスになるような地球温暖化などの堆積環境史が影響していると考えられる。
(6)吉田さんからのメイル
hks YOSHIDA Minoru <yoshida@hakusan.co.jp>
2020/08/09 (日) 15:19
伏見さん
開けませんでしたか。すみません。
文集の文とボーリング風景の写真を添付します。
サウスコルのアイスコアって、どんな試料でしょうかね。
吹きさらしのコルですからどんな意味があるのか解釈は難しそうです。
我々のアイスコアも、クンブ氷河上部(C2:6,400m)で掘り始めてすぐに50cmくらい下から
氷になっていて、いまだに不思議に思っています。
吉田稔
エベレストのアイス・コアー
FUSHIMI Hiroji
2020/08/09 (日) 15:39
吉田大兄ーーー伏見です
早速文献と写真を送って頂き感謝します。
大兄の採集資料と写真を加えましたので、
ご覧になって下さい。ではコロナに注意!
Cc. 関係各位
(7)石本さんからのメイル
クンブーの氷
石本恵生
2020/08/11 (火) 14:03
伏見さん
貴兄元気そうで、安心しました。
貴兄が述べたクンブーの氷サンプルの件、私も少々関係したので忘れないうちにお知らせしておきます。
植村さんがエベレストに向かう前にこの氷の標本輸送のことが問題となり、植村先生、明治大学の先生と吉田さんと毎日新聞本社でお会いして、その中間リレーやドライアイスの手配を私がバンコックでやることとなり、以前みんなでやった海洋博でのアーリス氷島での試掘、輸送経験をお話ししました。
その後吉田さんが ネパールに向かい、私もバンコックに出かけて待機して、ドライアイスをKTMに送ったり、タイ航空とネゴしたり、JALにアドバイスしたり準備しました。つながりの悪い国際電話を前に悪態ついたり、ドライアイスの梱包に文句を言ったりして、空港が停電して冷凍庫が溶けたりしないようドライアイスの予備を準備したり、結構大変でした。
輸送当日、航空便の都合でKTMからのタイ航空便は深夜BKKに到着、一晩ここに泊まり、翌日ここを発ち、朝早く成田に入り、その後冷蔵車で板橋?の極研の冷凍庫に入れるという本当に綱渡りリレーでしたからね。無事日本に到着して冷凍庫に格納されたということがNHKのニュースで流されたことを聞きホッとしたことを覚えていますよ。
こんなことも科学の進歩に役立つのですね。満足です。
石本惠生
ishimoto@oafic.co.jp
FUSHIMI Hiroji
2020/08/11 (火) 15:25
石本大兄ーーー伏見です
40年前の”World’s Highest Ice Core”に関する
エベレスト・カトマンズ・バンコック・東京の
見事な連携プレーです、ネ。ご苦労さまでした。
コロナ禍第2波の襲来に酷暑、ご自愛ください。
大兄の貴重なメイルの情報もブログに加えます。
Cc. 関係各位5