2017年ネパール通信21 余話8カトマンズ盆地の大気汚染
1) はじめに
前回の2017年ネパール通信19でもお伝えしましたが、写真データ・ベース(*1)にはネパールのいろいろな表情が写されていますので、その画像情報を取り上げて、これまでに2017年ネパール通信の余話として下記のテーマについて報告してきました。
記
2017年ネパール通信
余話7 ネパールのトイレ・ゴミ事情から考える http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html
余話6 春の花、いろいろ http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/09/blog-post.html
余話5 ヒマラヤ展望率 http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_29.html
余話4 何を食べていたのか-ネパール効果-? http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_22.html
余話3 カトマンズ・ポカラ間の河川環境の変化 http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html
余話2 ネパール写真の整備と公開 http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post.html
余話1 ヒマラヤ鳥の目とネパール虫の目他 http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/06/blog-post.html
今回のテーマの「カトマンズ盆地の大気汚染」については、ポカラの国際山岳博物館で学芸員をしていた2010年前後の2年間に興味をもっていた課題(*2)ですが、ここではカトマンズ盆地周縁の3つの峠からの定点写真と盆地内の現地写真を写真データ・ベースから選び、カトマンズ盆地を中心にしたネパールの大気汚染の実態と課題解明について、「Yes, we can」の視点で報告します。
(*1)2017Nepal
https://glacierworld.net/gallery/Nepal_B/2017Nepal/index.html
(*2)マチャプチャリ研究(1) 大気汚染と視程
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_26.html
2) カトマンズ盆地のスモッグの実態
写真1 カトマンズ大学から見るカトマンズ盆地方面には日本隊が初登頂したマナスル峰があるのだが。
カトマンズ大学はカトマンズ盆地の東、約30kmの丘の上にある(写真2の#02のKU印)ので、西を見ると、麓のバネパのサンガ峠の向こうにカトマンズ盆地に溜まった大気汚染のスモッグが朝日を浴びて膨れ上がると、峠を越えてバネパ方向に向かって押し寄せ、せっかく晴れてヒマラヤが見えていたのに、押し寄せてくるスモッグが日本隊が初登頂したマナスル峰の前面を覆い、その素晴らしい展望を奪うのであった(写真1)*。
* 2015年ネパール春調査(4) カトマンズ大学にて
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2015/04/blog-post.html
1970年代のカトマンズは大気汚染のない快適そのものの田園都市であったが、1980年代以降は人口増加の著しい都市化とともに、街にはいわゆるスモッグが充満し、マスクやうがい薬なしには生活できない息苦しい都市になり果ててしまった。そこで、カトマンズ盆地の3ヶ所の峠、1)サンガ、2)シヴァプリと3)チャンドラギリから見た(写真2の#02の黄色の矢印地点)カトマンズ盆地の大気汚染の画像を写真データ・ベースから選んだ。その例として、2)のシヴァプリ峠から眺めたカトマンズ盆地の大気汚染の状況を見る(写真2の#03)と、かすかに見える対岸のフルチョーキの2500m級の山並みの中腹までスモッグの上限が達していた。カトマンズ盆地の標高は約1400mだから、スモッグの厚さは盆地と周辺山並みの比高1100mの半分ほど、500mほどと推定され、スモッグ層がカトマンズ盆地全体を覆っていることが分かる。写真03は2015年5月26日午前8時55分に撮影されたが、太陽が高くなるに連れて大気が温まり、スモッグ層は膨張し盆地全体に膨れ上がるので、フルチョーキなどの盆地周辺の山々もやだてスモッグで覆われ、ついにはカトマンズ大学から見たように(写真1)、カトマンズ盆地起源のスモッグが周辺に漏れ出してくる。はたしてそのスモッグに覆われたカトマンズの街中の大気汚染の状況はどうかというと、カトマンズ・バクタプール間のハイウェイ(写真2の#04)や環状道路であるリング・ロード(写真2の#05)の画像のように、汚染レベルは激烈そのもので、あたかも人体実験場の感がある。1970年当時のカトマンズは清潔な田園都市だったと述べたが、まさに当時の日本は公害問題華やかし頃で、ネパールと日本では公害史は異なるが、画像で見る大気汚染レベルは川崎でも四日市などでも、現在のカトマンズと同程度なので、ネパールに来て約50年前の日本を思い出すのである*。
*2016年ネパール通信6 カトマンズからポカラへ-スモッグの原因ー
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2016/05/2016.html
写真2 カトマンズ盆地周辺の3つの峠と2の峠から見た盆地のスモッグおよび市内の大気汚染状況。
写真3 サンガ峠からのカトマンズ盆地の大気汚染状況。
サンガ峠(写真2の#02のSanga)は大学(写真2の#02のKU)からカトマンズの街に出る時に通るので、 その都度、峠からカトマンズ盆地の大気汚染状況を撮影した(写真3の#06-15)。サンガ峠を下ってカトマンズに出る途中にレンガ生産を大々的に行っているバクタプールがあり、レンガ工場からのばい煙による大気汚染(後述)があるので、サンガ峠からの展望は非常に悪く、カトマンズや対岸のシヴァプリの山並みを見ることはなかった(写真3)。前述したシヴァプリ峠(写真2の#03)は視界がひらけているので、盆地全体が見通すことができ、カトマンズ盆地の大気汚染状況を把握する絶好の定点観測地点である(写真4の#16-19)。このシヴァプリ峠を通過したのは、2015年のネパール地震調査でヌワコット旧王宮地域に行った時*のみであるが、前述のカトマンズ盆地全体の大気汚染状況(写真2の#03)を見るために再訪したいと思っている。
* 2015年ネパール春調査(9) 2015ネパール地震(4) ヌワコット王宮へ
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2015/05/2015-2015_28.html
写真5 チャンドラギリ峠からのカトマンズ盆地の大気汚染状況。
カトマンズ盆地西のチャンドラギリ峠はインド方面やポカラに行くネパールの国道1号線沿いに当たるので開発がめざましく、商業や住宅地域が混在している(写真5の#20)中にレンガ工場も立地している(写真5の#21)ので、峠周辺は自動車の排気が加わってスモッグが濃く(写真5の#22-25)、視程が悪いので、カトマンズの街はおろかヒマラヤを眺めることはできない。最近は峠周辺の山頂までロープウェイを通し、ヒマラヤを眺める観光地にしているように、スモッグの上限より高いところに行かないと、展望はえられない。自動車の排気状況の悪さは常態化し(写真6の#26-34)、整備の悪い車の後になると、バイクの運転者や後続の車の乗客さえもが黒煙を直に吸わされるハメになる。たまったものではない。かつては黒煙をを吐き出すインド製の三輪タクシー(写真6の#35)があったが、さすがのネパール人も禁止令をだし、今では排気を出さない電池式の乗り合い三輪タクシー(写真6の#36-37)を奨励している*のだが、あいかわらず、整備の悪い車が黒煙をだし続けている。
*2016年ネパール通信12 カトマンズに戻りました
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html
大気汚染の有力な原因は自動車の排気に加えて、工場のなかでも、とりわけレンガ工場のばい煙がある。 バクタプールからサンガ峠にかけてはかつての湖底堆積物の粘土が分布しているので、それを利用して、ネパール式の建築には必須のレンガを焼いているため、大気汚染の下人となり、前述のサンガ峠からの展望の悪さを引き起こしている(写真3)。またさらに、山火事や野焼きが工場のばい煙に加わるのである。ポカラ周辺(写真8の#46-47)やカトマンズ・ポカラ間の道路沿い(写真6の#48-49)で野焼きをしている*他、カトマンズ大学周辺(写真8の#50-54)やネパールでも数少ない立派な森林があるマルシャンディ川上流のマナスル峰西側の針葉樹林帯でも大規模な人為的山焼きが行われている(写真8の#55-57)。
* 2016年ネパール通信6 カトマンズからポカラへ-スモッグの原因ー
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2016/05/2016.html
写真9 カトマンズ盆地の飛行機(上)からとカトマンズ大学周辺(下)の大気汚染状況。
そこで、飛行機でカトマンズに近づくと、眼下にはスモッグが一面に広がり、その上にヒマラヤの山々が顔を覗かせている光景にお目にかかる(写真9の#58)。そのスモッグの上限高度は3000m程なので、スモッグに覆われたカトマンズの街(写真9の#69)からはヒマラヤを眺めることはできなくなっている。カトマンズ盆地のスモッグが大学のあるバネパの街方向に運ばれてくると、マナスル峰などのヒマラヤの展望が著しく悪くなってしまう*(写真9の#60-61)。
*ヒマラヤ展望率
2017年ネパール通信18 余話5
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_29.html
ネパール・ヒマラヤ中央部のアンナプルナ山群に近いポカラでも、夏の雨期明けの10月にはマチャプチャリ峰がくっきりと望まれる(写真10の#62)が、風の弱い冬や春にはスモッグでマチャプチャリ峰も見えなくなってしまう(写真10の#63)*。大気汚染を引き起こす要因は、自動車の排気や山火事・野焼きのネパール国内の原因のほかに、インドなどから地上付近の偏東風によって運ばれてくる汚染物質がある(写真10の#64)。さらに、インドや中国の大気汚染物質は偏西風によって日本までも運ばれてくるのである(写真10の#65)。
* マチャプチャリ研究(1) 大気汚染と視程
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_26.html
3) ヒマラヤの大気汚染課題の解明
写真10 マチャプチャリ峰の展望(上)と南アジア(左下)および中国(右下)の大気汚染状況。
写真11 ゼネスト(バンダ)で車利用が禁止されると、ヒマラヤがよく見えた。
ネパールでは政治闘争のために時々ゼネスト(バンダ)が行われる。2010年5月初めのバンダの時は、 毛沢東主義者のグループがポカラの国際山岳博物館に押しかけて来て、閉館を要求した(写真11の#66の左下)ほど、徹底してネパールの産業活動を中心に、文化活動までも1週間にわたって止めるほどだった。その間、警察や病院関係以外の車は使用禁止になり、車の通らない道路では連日デモがくりひろげられた(写真67の左下)。この長期ゼネストで、車の排気ガスによる大気汚染がなくなり、ポカラから見るアンナプルナ連峰(写真66)やマナスル三山(写真67)などのヒマラヤの山々が良く見えるようになったのである。このことは、社会生活を中断させる長期ゼネストの副産物として、皮肉にも、車の排気ガスの大気汚染物質量を減らせばヒマラヤの展望率*が良くなることを示し、大気汚染課題の解決のための「Yes, we can!」の具体例になった、と解釈している。
*2017年ネパール通信18 余話5 ヒマラヤ展望率
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/08/blog-post_29.html
そこで、国際山岳博物館で、東京都が行った車の排気ガス規制の影響で大気環境が改善し、東京から富士山が見えるようになった(写真12の#68-69の上)の実例を提示して、ネパールでもポカラ観光の目玉であるマチャプチャリ峰の展望率が悪くなっているので、前述の車の排気ガスやレンガ工場などのばい煙、山火事・野焼きによる大気汚染物質を減らすことができれば、東京のように、「Yes, we can.」でマチャプチャリも見えるようにすることができることを展示したのである(写真12の#68-69の下)。ネパールの大気環境は2)の「カトマンズ盆地のスモッグの実態」で述べたような人体実験場的な劣悪な段階に来ており、大気環境の改善は単にヒマラヤの展望率のためだけでなく、ネパールの人々の生活様式全体に関わってくるので、「Your planet needs you! “Unite to Combat Environmental Change.”」 と表示(写真12の下)し*、「地球の環境変化のための協同」をうったえたが、はたして、ネパールの人たちに通じたかどうか、国際山岳博物館の学芸員として気になるところではあった。
* マチャプチャリ研究(1) 大気汚染と視程
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2013/06/blog-post_26.html
追記
アメリカという大国のトランプ大統領が自国の経済活動擁護ために、2015年にパリで開催された気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)において採択されたパリ協定を脱退しているのであるから、ましてや、小国ネパールの人々が自分たちの経済活動を抑制してまでも環境改善に立ち向かってくれるのを期待するのは、はなはだ心もとないのである。さらに言えば、アメリカには前科がある。かつて1997年のビル・クリントン大統領当時のことであるが、地球温暖化防止のための気候変動枠組条約京都会議に参加していたアル・ゴア副大統領は、アメリカなどの先進国が温暖化を引き起こす炭酸ガスなどを率先して排出削減する京都議定書に賛成したのであるが、直後の選挙で登場したジョージ・ブッシュ大統領は京都議定書から脱退してしまったのである。この二人の共和党の大統領を見るにつけ、アメリカという大国は自国経済を犠牲にしてまでも地球環境を守ってくれる国ではない。従って、あくまでも、やはり「America Fast(アメリカ第1)」にすぎない自国中心の国だ、と解釈できる。そこで前回、「ここで、話は変わるが、アメリカのトランプ大統領のことである。彼は、地球温暖化対策のパリ協定に背を向けたが、彼の国アメリカは今年8月と9月に強大なハリケーンに見舞われているのである。日本の台風も巨大化し、今まさに台風18号が全国を縦断急襲しているので、トランプさんの愚行?を決して笑っているだけでは済まされない。」*と指摘しておいたのである。
*2017年ネパール通信21 余話8 カトマンズ盆地の大気汚染
3)水資源への影響
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html