2. 2013秋調査旅行余話(1)
1.表層雪崩
文献
ネパール・クンブ地方1995年パンガ雪崩報告. 1996, 雪氷,日本雪氷学会, 58, 2, 145-155.
2. ナー集落の2段テラス(2回の出水時期)
3.エベレスト峰の高度を決める要因(花崗岩貫入と地衣等などの影響)
チョモランマ(エベレスト)峰の高度を決める要因は、樋口(1976)によると「エベレストの高さ約9千メートル、圏界面の高さ約一万メートル。ざっと似た値である。造山運動によってじわじわと盛り上がってきたヒマラヤの高峰はこの圏界面のはげしい風化作用で削られる。だからエベレストは圏界面よりも低く8848メートルなのではないか。もし圏界面がもっと高かったらそれに応じてエベレストも今よりずっと高いかもしれない」と述べていますが、まず上昇させる要因としては、大陸移動でインド亜大陸とアジア大陸の水平方向の衝突による衝上(逆)断層の影響のほか、前述の花崗岩の垂直方向への貫入の影響があります。また逆に、高度を減少させる要因は、正断層沿いのチベット側への頂上岩体の滑落と浸食作用の影響です(写真8)。ギャジョ氷河から見た画像(写真9)を見ると、他のヒマラヤの山々でははっきりとは見られませんが、エベレストの南側が花崗岩で持ち上げられて、北側のチベット側に傾いている地形が認められるのは、衝上(逆)断層とともに、ヌプツェ峰直下の花崗岩の貫入と頂上近くの北側に傾いた正断層の活動が相互に影響している、と考えられます。
浸食作用に関してはブータンのルナナ地域(4539m)での観測結果から(写真10)、とくに観測期間後半の晴天日に顕著に表れるように、次に述べる黒い地衣の影響が大きいことが分かりました。というのは、花崗岩を代表する白いテープをはった温度計は8000m高度に換算した温度変化では一日中零下を示しましたが、地衣を代表する黒いテープをはった温度計では、夜間は零下ですが、日中は零度以上になるため、黒い地衣が分布すると、日中融けた水分(写真11)が岩石の隙間に入り、夜間に凍ると、氷の体積膨張で岩石を破壊し落石を起こす浸食作用が働き、ヒマラヤ山脈の高度を低くすると解釈できます。白い花崗岩が多いヒマラヤ山脈中央部ですが、温暖化の進行とともに、黒い地衣類が高いところへ進出する過程(写真12)はますます活発になっていくことでしょう。今のところ黒い地衣類はエベレストの頂上には到達してはいませんが、温暖化で頂上の雪が融けるとともに黒い地衣類が頂上を覆うようになると、浸食作用が盛んに働くようになることでしょう。逆に白い花崗岩では8000mの高所でも一日中マイナスの温度ですので、このプロセスは働かないと考えられます。余談になるかもしれませんが、エベレストの登山の歴史ではたくさんの方々が命を落とされ、今でもかなりの人が冷凍状態で保存されていますが、将来は地衣類をはじめ微生物などが高いところへ進出しますので、ヒマラヤの高地でも分解がすすみ、今までの様な冷凍状態で保存されることはなくなると解釈できます。
前述のように、 ヒマラヤ山脈の高度を決めているのは、上昇・下降要因のそれぞれが影響しますので、一つの要因だけでは決められないのですが、2011年9月にはチョモランマ峰周辺で、シェルパの村の家に被害でるほどの地震があったとのことですので、その際世界最高峰は高度を変化させたかもしれません。ヒマラヤは絶えず変化し続けていますので、正確な測量が必要になります。木崎(1988)隊が中央ネパールのカリガンダキ河沿いで測量した結果、ヒマラヤ山脈の現在の上昇量は10mmに達する、と報告されています。
郭旭東 (1974) 中国西蔵南部珠〓(ノギヘンに白の下にタ?)朗〓(王ヘンに馬)峰地区第四紀気候的変遷. 地質科学,第1期, 59-80.
樋口敬二(1976) エベレストはなぜ8848メートルか. 朝日新聞1976年1月14日夕刊.
木崎甲子郎(1988)編著, 上昇するヒマラヤ. 築地書館.
ヒマラヤの自然史. 1983, ヒマラヤ研究, 山と渓谷社,179-230.
4. ゴキョウの水草とカモ(生物環境の変化)
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/ 2012年11月 2012年秋ネパール調査報告
5. 調査研究啓蒙活動(イムジャ氷厚測定と観測事情)
クンブ氷末端のロブチェには、その形からピラミッドとよばれるイタリア隊の気象観測所があります(写真19)。シェルパ6人がその管理にあたっていましたが、気象のテーマのほかにも、大気汚染と関連する住民の健康問題も研究分野になっているとのことです。その他の研究施設としては、筑波大学の上野健一さんたちによるシャンボチェの気象観測(写真20)がありますが、前便でお伝えしたように電池の問題で現在は観測が中断しているとのことです。さらにゴキョウでは、金網に囲まれた気象観測施設を見ました(写真21)が、地元の人に聞きますと、「誰のか分からない。以前は政府の関係者がやっていたが、最近は時々外人が来ているようだ」とのことです。また、私たちが1970年代に氷河気象観測を行った次に述べるハージュン観測基地の近くにドイツ隊の気象観測施設がありますが、住民との関係がうまくいっていない、とディンボチェの住民がこぼしていました。誰のか分からないゴキョウの気象観測施設でも感じたように、長期間の調査研究活動をするには、現地住民の理解をえることが必要(参考文献)だと思います。
http://hyougaosasoi.blogspot.jp/ 2012年9月 イムジャ氷河湖調査からの展望-住民参加型の現地調査の必要性-
http://glacierworld.weebly.com/ ヒマラヤ>ECO TOUR>4.Imja Glacier Lake
6.ハージュン観測基地
今回訪れた時には、かつてのハージュン基地の玄関前で、花崗岩の転石に掘った「GEN」の文字を見つけました(写真24)。「GEN」の文字を掘った転石には覚えがなかったので、1970年代から世話になっているハクパさん(写真25)にメイルで聞くと、次のような返事がきました。「Well, it was curved around 1975 with SAKANAKA Tetsuo who were with me at Lhajung station for one sole year and said he was a KU student and Jiro san initiated to Lhajung ..after that Mr. Shibasaki were another long stayer . 」なお、写真2に写っているGPS測定器でハージュン基地の位置を測定るると、北緯27度53分43.00、東経86度49分31.08、高度4425mでした。
また、掘られた「GEN」の文字をみると、「G」や「E」の文字の一部に、だいだい色の地衣類が生えているところから、もともとは白色の花崗岩ですが、20~30年もすると、地衣類が侵入してくることを示しています。前記のエベレスト峰の高度を決める要因(花崗岩貫入と地衣等などの影響)で述べたブータンでの観測では、だいだい色などの赤系統の地衣類が最初に侵入し、その後に黒い地衣類に変化することを観察していますので、やがてハージュンの地衣類も周辺のタウチェ峰の岩壁と同様に(写真22)、黒い地衣類に変わっていくと、太陽の日射をより吸収し、周辺地域を温めていくようになる、と解釈できます。
ネパールへの山登りなどと同様に、1960年代から1970年代初めまでの調査隊の英名は○○Expedition to Nepalでした。直訳すると、ネパールへの遠征隊です。「遠征」という名前も時代がかった感じ(アレキサンダー大遠征ならいざしらず)ですが、当時の調査隊は遠征隊の名前として「Expedition」を使っていました。しかし、1973年になるとその題名ではネパール外務省への2カ月ちかい交渉でも学生による調査許可がもらえなかったのは、外国(日本)から来たよそ者によるネパールへの調査隊というニュアンスが強すぎたためだったようです。調査許可の交渉のためネパール外務省に日参しているうちに、ネパール人とのつきあいも深くなり、それにつれてネパール語が話せるようになると、私の考え方も変わり、ネパール人との共同調査の性格をより強く示すGlaciological Expedition of Nepalの題名にして、ようやく許可を取ることができました。さらに1980年代になると、氷河湖の決壊による洪水被害が頻発するようになり、共同研究も現地住民の安全を考慮したGlaciological Expedition for Nepalの意識が強くなり現在に至っています。このように「to Nepal」というよそ者の時代から現地のニーズをくみとりながら双方向的に課題解決を目指す「of Nepal」および「for Nepal」の時代に変化してきたことを現地での氷河調査を通じて経験してきました。そのようなネパールでの体験から、2008年から2010年までの2年間、ポカラにある国際山岳博物館(写真26)ではJICAのシニアーボランティアの学芸員として「for Nepal (Himalaya)」の観点で仕事をしてきました。参考文献
・ネパール氷河調査隊ハージュン基地建設
http://glacierworld.weebly.com/4124931249712540125232770327827355192661938538124951254012472125171253122522223202431435373.html
・As a JICA Senior Volunteer(Advocating Environmental Awareness)
http://www.jica.go.jp/nepal/english/office/others/pdf/newsletter_58.pdf