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1.阿嘉島臨海研究所滞在見聞録(1)

  まずはじめに、阿嘉島のさんご礁を代表とする貴重な自然を満喫することができましたことは、大森所長をはじめとする阿嘉島臨海研究所のみなさまのお陰と大いに感謝します。つきましてはここに、滞在中の見聞録風にはなりますが、2006年7月23日~26日のあいだ貴研究所に宿泊させていただきながら、阿嘉島で見聞きしたことや考えたことの一端を報告させていただきます。下記見聞録のなかには、単なる思いつきや見当はずれなこともあろうかと思いますが、ご容赦ください。

1)温暖化の影響

  大森所長のお話ですと、海水温が30度以上になるとさんごが死滅する白化現象が進行するとのことで、温暖化によって白化現象が地球上のさんご礁地帯に蔓延していることが大いに危惧されます。温暖化による台風の巨大化(や発生数増大)が風力を増加させ、海水を攪拌するため、低温の深層水が湧昇流となって、一時的に表層水温の低温化に寄与するとのことですが、その際は波浪が巨大化し、海岸地域のさんご礁やマングローブ林などを破壊するとともに、すでに今年の台風群による塩害でモクマオウなどを枯死させている(写真1)問題点をも同時に引き起こしていることが心配されます。ただ、台風の進路の影響による風向によって、1)風下側で離岸流が発生すれば水温低下を引き起こす深層からの湧昇流が形成されますが、逆に2)風上側では高温の表層海水が沿岸部に集積し、昇温化をまねきかねないケースもでてくるのではないかとも考えられます。今回の滞在中には台風5号の影響で風上側になっていた阿嘉島南東部では南東からの強風と波浪が吹きよせていましたので、2)の可能性があります。ただし同時に、阿嘉島の北西部は風下にあたっていたので、波浪が比較的少ない阿嘉島の南の慶留間島北側地域と同様に1)の可能性も考えられます。したがって、いわゆる島地形の場合は強風時の風上側と風下側では異なる海水温環境が形成されることによって生物の多様性を温存する「島効果」がでてくるのかもしれません。つまり風向によって、風上側になる島のこちら側では高温化し白化現象が発生しても、風下側のあちら側では同時に湧昇流による低温化が起こり白化現象の進行を抑えることも考えられます。いずれにしましても、吹き寄せる風の影響は甚大で、すでに従来の台風などの強風時の影響で大岳(160.7m)近くの道路沿いのガードレールが塩害による著しい腐食によって被害をうけている(写真2)のをみても、また陸上生態系の白化現象にもたとえることのできる前述のモクマオウの枯死が象徴的に示すように、阿嘉島の塩害問題は陸上生態系に大きな影響を与えているのが実感できます。温暖化によって、海面下のみならず陸上部にまでいわゆる白化現象が蔓延するのはなんとしてもくいとめねばならない課題です。ツバルなどの南太平洋のさんご礁の国々が温暖化対策会議で問題にする地下水へ海水が進入する海水楔現象も目に見えないところで進行する塩害といえるでしょう。そこで、1997年の京都議定書の遵守項目でさえ地球温暖化対策として不十分と考えられようになっているところですから、ヨーロッパのドイツなどが熱心な「ポスト京都」の対応が重要で緊急な環境問題(problemでなくissue)になるのは、大森所長が言われる予防原則(大森・ソーンミラー,2006)からみても明らかです。

2)地球史からの視点

  とくにこの四半世紀の温暖化はこれまでにみられない急激な変化で、さんご礁の生態系がその変化に追随できるかどうか危惧されるところですが、地球史との類似点を考察すると、1)5~6千年前の気候最適期(Climatic Optimum)や2)後氷期初めの新ドリアス期(Younger Dryas;約1万2千年前)終了時の昇温期の生態系動態史との比較が示唆に富む情報を提供する可能性があると思います。とくに2)は従来にみられないような急激な気候変化だったと言われていますので、現在急速に進む地球温暖化の将来の影響を考えるうえで興味ある(化石的)情報が見つかるのではないかと解釈できます。はたして、それらの昇温・温暖期にも、「海の森」としての水族生態系の多様性劣化やさんごの白化現象などが広域的に顕在化していたのでしょうか。さんご礁が小さな島々に分散し、上記のようなそれぞれの「島効果」で生き残ることができたとすれば、そのことが環境変化に追随して容易に動くことのできないさんご礁がとってきた古生代(単体さんごの成長線測定結果から1年が410日ほどもあったオルドビス紀)以降数億年にわたった地球史的な戦略なのかもしれません。地球大紀行”太陽系第3惑星・46億年目の危機”と題した地球環境問題を訴えるNHKの番組がありましたが、いずれにしましても、大きく変動する地球環境のもとでの化石現象をふくめたさんご礁研究の今後の展開に興味を覚えます。

3)地形的視点

  次に阿嘉島の地形的特長にもふれておきます。基盤岩は沖縄本島北部の地質とも関連する第三紀鮮新世の白雲母片岩で、急峻なリアス式海岸や裾礁の地形的特長から慶良間列島の沈降性島弧の一部を形成していると報告されています(木崎,1992)が、それらにくわえて、いたるところに平坦な地形面が分布しているのも阿嘉島の特徴的な地形だと思います。例えば、那覇空港から阿嘉島のある慶良間列島方面を見ていても、広大な平坦面の地形が連続して分布している(写真3)のを見てもそのことがうかがえます。これらの平坦面が、はたして1)陸上で形成されたのか、それとも2)海岸や浅い海底でできたのかは阿嘉島の環境史をみていくうえで重要なテーマになると思います。阿嘉島西部の高良家のある集落付近の道路の法面では平坦な地形面(写真4)が河川作用のテラス堆積物で、また阿嘉島中央部の大岳(160.7m)周辺の平坦面が深層風化作用による赤土(写真5)で覆われているのは1)の古環境を示しますが、もし平坦面に化石さんご礁が分布している場所が見つかれば2)の古環境を示すことになります。そうなると、かつて海面下に沈降していた阿嘉島がいったんは上昇した後、現在はふたたび沈降期を迎えていることになりますが、そのプロセスによって、たとえば蛇の生息しない阿嘉島の自然環境の特徴などを説明できる可能性もでてくることでしょう。

4)変動現象への対応

  沖縄に来て本州などとの異質性を感じることの1つは、インド・ネパールなどの家のつくりと共通することですが、屋上にしつえられた水タンクです。渇水対策もまた沖縄の重要課題であることを示しています。たしかに、温暖化による台風発達などによる降水量増大は、水資源の量的な面ではプラスですが、台風の巨大化はともすると降雨強度増大を伴いますので、浸食作用増大による赤土問題の深刻化(渡辺,2006)をひきおこしかねません。ひいては、さんご礁などの沿岸生態系にマイナスの影響を与えることは必定でしょう。したがって、対症療法にはなりますが、表土が流亡しにくいような土地利用の適正化で備えておくことが必要ですが、基本的な対策は上記の温暖化対策の予防原則であることはいうまでもありません。異常気象という表現がしばしば使われていますが、現在は自然現象が大きく変動する時代です。こういう時こそ、私たちは、多発する渇水現象や予測されている地球温暖化などの気候変動、および水利用動向に対応していくなかで、貴重な水資源の有効利用をはかっていく必要があります。このことは、琵琶湖環境とも共通する課題です。

5)結びにかへて

  最後に、海洋性気候の快適な阿嘉島から湿気の多い不快指数の高い琵琶湖に戻って2週間を過ぎましたが、阿嘉島臨海研究所近くのアカテツ(写真6)とイヌビワの小枝を持ち帰り花瓶にさしておいたところ、イヌビワは数日で枯れてしまいましたが、アカテツのほうは1ヶ月近くたっても依然として花瓶の中で元気さを維持しているのをみて大いに驚かされていることをお伝えしたいと思います。アカテツもイヌビワ同様、阿嘉島から琵琶湖への大きな環境変化を経験しているにもかかわらず、御殿(ウルン)の木とも呼ばれるこのアカテツは、あたかも、阿嘉島生態系の力強さを示しているかのようです。拝所のあるところに住民が育ててきたといわれるアカテツの名前の由来は赤みをおびた材が鉄のように硬いからだそうですが、防潮風林としても重要なアカテツには土着的な赤の情熱と鉄の重々しさからくるある種の力強さを感じざるをえません。そこで、地球温暖化などによる急激な環境変化の最中にあっても、阿嘉島臨海研究所のみなさまの日々のフィールドワークと先端的な実験的成果によって、座間味村指定文化財として住民によって守られているアカテツのように、生物多様性に富む沖縄のさんご礁を代表とする生態系が将来もたくましく生き、持続性を発揮していくことを、同様な“Ecological issue”をもつ琵琶湖からも願わずにはいられません。

PS1
 7月27日の那覇出発前に少し時間がありましたので、辺野古へ行ってきました。米軍基地移設反対闘争で長年にわたり頑張っている金城祐治さんやテント村の篠原孝子さんたちと琵琶湖との連携の話しをすることができたのも、今回の収穫になりました。

PS2
 快晴無風の今朝(8月15日)は彦根の大学近くのヒロハノエビモの茂る鏡の面のような琵琶湖で水浴を済ませ、爽快な気分にひたりながら8月22日~25日の北アルプス立山学生実習の準備に取り掛かっていたところ、小泉首相の靖国参拝のニュースでせっかくの爽快な気分が今朝の東京の空のような黒雲に覆われてしまいました。日本を取り巻くアジアの地政学的環境も変動し続けるのでしょうが、定年を迎える来春(2007年4月)からは変動するアジアの Geo-political issue のなかで環境教育的な試みをしたいと思っているところです。

引用文献

大森信・ボイス=ソーンミラー 2006.海の生物多様性.築地書館,東京,230pp.
木崎甲子郎 1992.慶良間諸島の生い立ち.みどりいし,3,1-2.
渡辺康志 2006.近海離島の地形・地質と赤土流失.過疎化・超高齢化に直面する沖縄「近海離島」における持続的発展モデルの構築-戦後沖縄の離島社会における社会変動に関する環境史的研究-.平成15年度~17年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書,20-26.

* 本文は2006年8月15日に彦根で書いた阿嘉島臨海研究所利用報告書を若干修正し、写真をくわえたものです。

写真説明 (上から下へ、左から右への順に)

1 阿嘉島北東部のニシハマ周辺の塩害の影響をうけたマクマオウ林
2 阿嘉島中央部の大岳(160.7m)周辺で見られた塩害で腐食したガードレール
3   那覇空港からみる慶良間列島の平坦面地形
4 阿嘉島西部の高良家のある集落付近の道路沿いの平坦な地形面
5 阿嘉島中央部の大岳(160.7m)周辺に分布する赤土
6 阿嘉島臨海研究所近くの座間味村指定文化財のアカテツの木