5.立山・御前沢調査

 2014年10月9日から12日まで立山・千寿ケ原に滞在し、御前沢雪渓の調査を行いましたので報告します。

写真1.御前沢調査図(朱色の線はJPS軌跡、カメラ印は写真撮影地点)

写真2.浄土山北面の雪渓規模の変遷
まず、一ノ越の南にある浄土山北面の雪渓規模の変遷ですが、前回の報告(参考資料1のように「2006年のほぼ同時期と比べると、今年の雪渓(赤い波線)はかなり縮小している」(写真2)のにくわえて、今回の規模(黒い波線)はさらに縮小し、雪渓下部中央部にわずか2ヶ所に残存していました。現地は10月7日に初雪が降りましたが、この雪渓は、はたして越年できるかどうかの規模まで縮小しています。

写真3.立山頂上から見た御前沢(2014.10.10;左の黄色の点はベルグシュルンドの位置)

写真4.立山頂上から見た御前沢(2006.08.24)
さて、立山・御前沢(写真3)ですが、2006年の雪渓状態(写真4)とは撮影時期は異なりますが、上記の浄土山北面の雪渓規模の比較と同様に、雪渓の規模が今年は縮小していると解釈できます。そのためもあり、御前沢下部右岸(写真3の黄色の丸点)のベルグシュルンド(雪渓と山腹との間の隙間;写真5)が広がっていたため、雪渓の底部に潜り込み、氷の観察をすることができました。

写真5.御前沢下部の右岸にあるベルグシュルンド

写真6.雪渓下部に見られる透明氷と気泡氷の互層構造
もともと、この調査の目的は「氷河構造(参考資料2)の観点から、御前沢雪渓(氷河)の底面付近に発達する透明氷と気泡を多く含む不透明氷の互層構造が、はたして立山カルデラ砂防博物館学芸課長の飯田肇氏らが報告している積雪が積み重なってできた年層構造なのか、それとも氷体の流動によって形成されたフォリエーション(葉理)構造なのかを調査したいと思っていました。というのは、年層なら積雪が積み重なった雪渓構造、バブル・フォリエーションなら流動現象に結びつく氷河構造と解釈でき、さらに地質屋の観点から言えば、前者は積雪やフィルンの堆積岩、そして後者は片岩や片麻岩の変成岩にも匹敵する大きな違いがあるからです。また、剱岳の三ノ窓雪渓のクレバス断面にも年層と考えられる層構造がみられるとの報告(参考資料3)があり、すくなくとも、このような構造が広く見られているのは氷河構造の観点からみて、大変興味ある現象です。さらにつけ加えるならば、この構造が現在も形成されているのか、それとも過去の化石的なものか、の判断も重要といえましょう。」(参考資料1)

写真7.汚れ層との境に介在する木の枝

写真8.汚れ層との境に介在する木の枝
そこで雪渓底部の氷の特徴を見ますと、透明な氷と気泡を多く含む氷との互層(写真6)の氷体については、ところどころに、比較的新しい年代と思われる木の枝(写真7と8)を含む汚れ層を介在しています。そこで、汚れ層面に直行する氷の薄片を作り、気泡形と結晶形について調べました。まず、気泡形は円形で大きさは1~2mm(写真9)で不規則に分布し、ネパールのクンブ地域にあるギャジョ氷河で観測されたような氷河の流動方向にひき伸ばされた気泡構造(写真10)は認められません。

写真9.雪渓下部氷の気泡構造

写真10.ギャジョ氷河の気泡構造
次に結晶形を見ますと、5mmほどの細粒の結晶が全体的に分布しており(写真11)、前記のギャジョ氷河で観測されたような氷河氷に特徴的な複雑な粒界を示す大きな結晶(写真12)は認められませんし、見ましたところ、氷河氷に特有な結晶方位の定方位性(ファブリック・パターン)も現れていないようです。以上のことから、今回調査したベルグシュルンドの雪渓下部は氷河流動のせん断応力の動的環境下で形成された(変成岩に対応する)氷ではなく、雪渓下部で積雪結晶が粗大化したザラメ雪が静的に氷化した(堆積岩の性質をもつ)氷であり、その氷の年代は介在する木の枝からみて比較的新しい、と解釈できます。さらに、調査地点のベルグシュルンド内部は融解がすすみ、雪渓下部の氷体構造は化石化している可能性が高いと思われます。

写真11.雪渓下部氷の結晶構造

写真12.ギャジョ氷河の結晶構造

御前沢雪渓下部右岸のベルグシュルンド底部に見られる透明な氷と気泡を多く含む氷の互層は、今回の調査で氷河の流動によって形成されたバブル・フォリエーション構造ではなく、飯田さんがビデオで説明している降雪の堆積過程を示す雪渓の年層構造であることが分かりました。今回の調査では、期待していた氷河氷の証拠はつかめませんでしたが、もし残っているとすれば、浄土山北面の最後に残された小さな雪渓の位置が示すように、御前沢のかつての氷河の氷体は(あるとすれば)、雪渓の下流中央の底部に見つかるのではないでしょうか。そのような場所でボーリングをし、かつての氷河氷を取りだし、その結晶を見てみたいものです。それにしても、「剱岳の三ノ窓雪渓のクレバス断面にも年層と考えられる層構造がみられる」(参考資料3)とのことですので、それは私たちが今回御前沢のベルグシュルンド底部で調査した氷体構造とどのように違うのか、興味あるところです。

写真13.立山頂上でのメンバー(右;飯田さん、中;富山さん、左;松田さん)

写真14.ザイルで確保してくれた御前沢上部の富山さん
今回の御前沢の雪渓調査は前述の飯田さんのほかに、立山ガイド協会の富山宏治氏と松田好弘氏(写真13)に協力していただきました。とくに、立山頂上から御前沢雪渓に向う山稜で、私が転倒し、腰と背中を強打した後は、再度の転倒に備えてザイルを結んでくれたこと(写真14)、および私の靴底が剥がれたため、テーピングで補強してくださったことなどに対して、メンバーの方々に心から感謝するとともに、私のいたらなさを大いに反省するしだいです。
追記
2年前のことだが、立山カルデラ砂防博物館で「立山氷河」の展示があった時、雪渓の横断方向の割れ目の模型について福井英一郎さんと議論したことがある。展示されていた模型の割れ目は垂直に底まで達している(写真)ので、雪渓の割れ目の構造ではないか、氷河なら、流速が底よりも表面のほうが早いので、垂直ではなく、傾くし、氷河のクレバスは氷河流動による両側壁への圧縮応力による割れ目で、雪渓の場合に見られる横断方向のテンション・クラックとは異なっている。さらに、氷河流動による底部への圧縮応力が加われば、雪渓に見られるアーチ型の底部のトンネルは安定的に存在しないので、それがみられるのは雪渓であることを示す。

写真説明 展示されていた模型の割れ目は垂直に底まで達している。

参考資料
1)立山から”残暑お見舞い”申し上げます。
http://glacierworld.weebly.com/431435236651236312425652882014241802279965289.html
2)On preferred orientation of glacier and experimentally deformed ice. 1972, Journal of Geological Society of Japan, 78, 12, 659-675.
3)福井幸太郎・飯田肇(2012)飛騨山脈,立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷厚と流動-日本に現存する氷河の可能性について-.雪氷,74, 3, 213-222.